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カニの日
「今日はカニの日だから、当たりの具はカニ缶だよー」
 放課後の裏グラ、マネジの篠岡さんの言葉に、みんなが素振りの手を休めて「うおー」って声を張り上げた。
「カニ缶は、阿部君ちからの差し入れです」
 その言葉にも、みんなが「おおー」と歓声を上げる。
「ゴチになります!」
「すげーな、太っ腹!」
 口々に寄せられる賛美に、阿部君がちょっと照れくさそうな顔で「おー」って短く返事した。
「どーせ貰い物の横流しだけどな」
 言いながら、再びびゅんっとバットを振り始める阿部君。
 みんなも素振りを再開しながら、時々おにぎりの具について語り合った。

 オレは何でも好きだけど、皆はそれぞれ、好きなのとか苦手なのとかあるみたい。
「やっぱシャケだな」
 とか。
「イクラとかも好きだな」
 とか。
「ええっ、オレ、イクラだめ」
 そんな悲鳴を上げる人もいて、聞いてるだけでも面白い。
「ところで、なんで今日、カニの日なんだ?」
 誰かの問いに、みんなで顔を見合わせる。
「分かった、22日だからだろ!」
 田島君が両手でチョキを作り、カニみたいにチョキチョキ動かす。オレも成程と思って、両手の指をチョキにした。

 2と2でカニ、って。そういえば小さい頃も、そうやって遊んだ、な。
 両手のチョキを見ながら、すっかり忘れてた子供の頃のことを思い出す。2と2でカニ、で、3と3で猫のヒゲ、で……あれ、1と1は何だっけ?
 ぼうっと考えてたら、西広君が向こうで「違うよ〜」って笑った。
「50音順で、『か』が6番目、『に』が22番目だかららしいよ〜」
「何だソレ」
「スゲー理由だな」
 西広君の解説に、みんながドッと笑う。
 2と2でカニじゃなかったの、か。ガッカリしたような、感心したような気分で、笑い合うみんなを眺めてると、目の前に誰かがぬっと近付いて、ドキッとした。
 パッと顔を上げると阿部君で、また小さく心臓が跳ねる。
「なんだ、お前もカニの真似してたのか? つーか、それカニですらねーじゃん」

 ははは、と笑われて手元を見ると、オレの両手は「1と1」のままになってて、自分でもちょっと恥ずかしい。
「こ、これ、は、違く、て……」
 ごにょごにょ言いながら両手を背中に隠し、ぐーぱーを繰り返す。
「お前、そんなに1番が好きなのか?」
 呆れたように言われて、ぶんぶん首を振ったけど、手遊び歌のこと考えてたなんて、何だか余計に恥ずかしくて説明できない。
 顔がじわじわ熱くなってくのが分かって、どうしようと思った。
「顔赤ぇぞ。熱か?」
 黒のバッティンググローブを着けた手が、オレの額にトンと触れる。
 そんな前触れもなく、触らないで欲しい。カーッと頭に血が上って、きっと今、オレ、耳まで赤い。
「な、な、なんでも、ない」
 震える声で言い返し、ささっと1歩後退る。「そうか?」って納得してなさそうに言われたけど、こくこくうなずくしかできなかった。

 オレを救ったのは、直後裏グラに響いたモモカンのゲキだ。
「こらー! まだ休憩時間じゃないよ!」
 校舎の方に行ってた監督が、いつの間にか戻って来たらしい。みんな慌てて「はいっ!」と返事して素振りに戻る。
 オレも勿論、みんなと一緒に素振りを再開したけど、目の前には阿部君の背中があって――。
 その真っ白な練習着の背中に、「2」の背番号があるのを想像して、さっきよりもドキドキした。

   (1と1で、バットが2本?)

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