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ベースボール記念日
 練習中にぽつぽつと雨が降って来て、みんなで急いでベンチ付近に避難した。
 さっきまでまだ少し明るかった空も、いつの間にか雲で覆われ、グラウンドも真っ暗だ。こんな時には、ナイター設備のあった三星のグラウンドがちらっと脳裏をよぎる。
 別に戻りたい訳じゃないし、ここで野球を続けたいとは思ってるけど、真っ暗なグラウンドはちょっと寂しいなぁと思った。
「休憩するよ。半分は校舎の方に移動して」
 モモカンの指示に、何人かが「うぃーす」ってバラバラとフェンスの向こうに走ってく。
 それを見てビクッとしたけど、行った方がいいのか、残った方がいいのか、とっさには判断できない。
 みんなの背中を見送ってから、そっと周りを見渡すと、残ってるのはオレ以外では4人だった。じゃあ、半分だし、ここに残ってていいの、かな?
 キョドリつつ様子を伺ってると、マネジの篠岡さんに「はい」っておにぎりを2個渡された。
 取り敢えずかぶりつき、ほのかな塩味を楽しむ。
 あ、シャケだ。
 みんなが言うところの「当たり」にほんの少し喜んでると、いきなり横から「三橋」って呼ばれた。

 えっ、と思って目を向けると、阿部君がいてドキッとした。
「立ってねーで座れよ」
 阿部君の隣、青いベンチのわずかに空いたスペースに招かれ、おずおずと腰を下ろす。
 ぎゅうぎゅうにくっつくのはためらわれ、お尻半分、気持ちだけ座ると、ちょっと呆れたようにため息をつかれた。
 でも、くっついていいのか分かんないし、そもそもこうして一緒に座るのだって落ち着かない。黙ったままもそもそとシャケおにぎりを食べ、咀嚼して飲み込む。
 1個目を食べ終わるタイミングで、阿部君も同じく食べ終わったらしい。篠岡山に「ワリー、お茶」って手を挙げた。
 篠岡さんがこっちにいるっていうことは、向こうに移動した半分の皆は、おにぎりどうしてるんだろう? モモカンから貰ってる? それともシガポかな?
 どっちも似合わないなぁ、と、そんなことをぼんやり考えてると、目の前に「はい」ってプラカップが差し出された。
「三橋君も、お茶どーぞ」

 ぼうっとしてたところに不意打ちを食らって、食べかけだった2個目のおにぎりがノドに詰まった。
「むっ、ぐっ」
 ヤバい、苦しい。
 ぐうっとなってむせてると、真横から「何やってんだ」って声が聞こえて、ドンドン背中を叩かれた。
「大丈夫? お茶飲んで」
 篠岡さんに促され、四苦八苦しながらお茶でおにぎりを流し込む。
 はあー、と大きく息をつくと、阿部君も真横で同じくらい大きく息を吐いた。
「ため息つきてぇのはこっちだっつの」
 呆れたように言われて、じわっと顔が熱くなる。篠岡さんにもくすくす笑われ、他のみんなからも「大丈夫かー?」なんて声をかけられて、なんだかすごく恥ずかしかった。
 2個目の中身はおかかだったけど、味わうような余裕もない。

 そのうち雨足が強くなり、真上のトタンの屋根がバラバラ鳴った。
「うわー」
「降り出したねー」
「まあ、梅雨だしな」
 みんなが喋るのを聞きながら、おにぎりを食べ終えて2杯目の麦茶を飲む。
「せっかくのベースボール記念日なのにな」
 阿部君が真横でぼそっと呟くのを聞きながら、そんなのがあるんだなぁって思った。
 阿部君はスゴイ。阿部君は博識だ。理路整然として喋るし、頭いいなぁって感心する。成績もかなりいいんだって。
「野球の日っていったら8月9日でしょー?」
「野球とベースボールは違うんだよ」

 みんなと会話する阿部君の声を、真横でぼうっとしながら聴く。
 雨音と混じってよく聞き取れないし、難しくて全然理解できなかったけど、この空間に一緒にいられるだけで、オレには十分嬉しかった。

   (帰る頃には、やむといい、な)

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あきゅろす。
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