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土用の丑の日
 いつものスーパーで野菜コーナーで野菜を買い、鮮魚コーナーに差し掛かったところで、『うなぎ、うなぎ』と連呼された。
『土用の丑の日はうなぎだよー! うなぎ、うなぎ、うなぎだよー!』
 威勢のいい掛け声のする方を見ると、紅色に「うなぎ」って書かれたのぼりがいっぱい立ってて、あそこだー、って分かった。
 横を歩いてたハズの阿部君は、とうにそっちに向かってて、いつものことだけどちょっと呆れる。
『うなぎ、うなぎ。土用の丑の日は、うなぎだよー!』
 うなぎを連呼するお兄さんの声。
「いらっしゃいませー、うなぎはいかがですかー」
 呼び込みをするお姉さんの声。
 近付くと、どうやらお兄さんの声は録音データだったみたい。売り場にいるのはお姉さんだけで、『うなぎ、うなぎ』って連呼の声は、黒いスピーカーから流れてた。

「今年のうなぎは、特に脂がのってますよー」
 にこやかに勧める売り子のお姉さんに、阿部君が「へぇー」とうなずく。
 あっ、と思う間もなく、うなぎコーナーから細長いパックを1つ掴み上げる阿部君。もうっ、と思ったけど、それをカゴに入れられた瞬間、もっとビックリした。
 阿部君がカゴに入れて来たのは、うなぎのかば焼き、たった1枚。1枚、って。半分こって訳じゃない、よね?
「オレの、は?」
 思わず訊くと、「いるの?」って素で訊かれて、「うえっ!?」とうめく。
「いるならいるって言えよ。お姉さん、もう1個」
 「はーい」ってにこやかにお姉さんが、パックをもう1つ阿部君に渡す。それをやれやれって感じで買い物カゴに入れられて、なんか釈然としなかった。
 呆然としてるオレを置き去りにしたまま、阿部君が再びふらーっと動き出す。
「別売りのタレもいかがですかぁ?」
 そんな言葉と共に、タレのプラパックをお姉さんに差し出されれば、「は、あ」と受け取るしかしょうがない。

『うなぎ、うなぎ、うなぎだよー! 土用の丑の日は、うなぎだよー!』
 スピーカーから延々同じセリフを繰り返す、威勢のいいお兄さんの声が、ちょっと空しい。
「いらっしゃいませー、いかがですかぁ?」
 売り場の売り子のお姉さんの、にこやかな笑顔がちょっと眩しい。
 オレだって、土用の丑の日にはうなぎだと思うし、かば焼きも好きだし、夕飯のおかずにするのに文句はないけど、なんかちょっと違うと思った。
 しかもまた、阿部君の姿はどこにもない、し。
「もうー、どこ?」
 むすっとしながらカートを押して、鮮魚コーナーの角を曲がる。焼き魚用に生鮭の切り身を1パック入れ、むきエビを入れ、精肉コーナーに向かってカラカラ進む。
『うなぎ、うなぎ』の連呼が遠ざかったと思った時――。

「あ……」
 お肉売り場の前で、熱心に何かを見てる阿部君の姿が目に入った。
 阿部君、とオレが呼びかけるより早く、彼がサッと何かのパックを1つ掴む。
 もう、そんな風に目につくもの、バンバン買おうとするのやめて欲しい。けど、オレが何度言っても阿部君の態度は変わんなくて。
「三橋ィ、サイコロステーキすげぇ安いぞ!」
 そんな嬉しげな声と共に、肉のパックをカゴにぽいっと放り込まれて、「もうー」と唸るしかできなかった。

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