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階段坂
外を歩いている途中に長くて急な階段を見つけ、いきなり片方が「先に上に着いた方が勝ち」と言い出し2人して全力ダッシュで駆け登るも想像以上にキツく、登りきった頃には屍のようになっているアベミハ
https://shindanmaker.com/687454より




 うだるように暑かった日の、昼下がり。午後3時を過ぎた頃から少し涼しくなってきたので、阿部君と一緒に外に散歩に出ることにした。
 じわじわ鳴くセミの声、頭上に広がる青い空。緑の濃い木々の梢も、西に傾いてなお強い日差しも、夏って感じだ。
 それでも涼しく感じるのは、きっと風が強いから。
 ざわーっと木々を揺らす風の中、住宅街の道をてくてく歩く。駅とも、スーパーとも方向の違う道は、近所だけどあんま馴染みがなくて、歩くだけでも楽しかった。
 気持ちいい風に煽られて、髪の毛がぶわーっと逆立つ。
「気持ちいー、ねー」
「いい風だなー」
 思ったことを口に出し、顔を見合わせて目を細める。穏やかな夏の休日の、ほんの少しの幸せだ。

 どこかでノック練習でもやってるのか、遠くにカキーンと金属バットの音が聞こえる。
「ランニングすんのにも、いい時間だよなぁ」
 しみじみ呟く阿部君に、「そうだ、ねー」と同意する。
 1日も野球から離れなかった、高校時代の夏は遠い。1つのことに、あんだけ一生懸命になれたのは、きっと仲間がいたから、だ。
 ……それと、若かったから、かな?
 投球ダコの薄れた手に、ちらっと視線を落とす。阿部君が「あっ」と立ち止まったのは、その時だった。
「うえっ、何?」
 キョトンと目を向けると、すぐそこに狭くて急な階段坂が、ずーっと上まで続いてる。昔、阿部君が整形外科に通う間、トレーニングした階段にも似て、懐かしい。
 けど、思い出に浸ってる暇はなかった。

「先に上に着いた方が勝ち!」
 阿部君がいきなりそう言って、ダッと階段を上がり始めたからだ。

「うおっ、ちょっ!」
 制止する間もなく、早足で階段を駆け上がる阿部君。
 負けじと追いかけて、一緒にだだだっと階段を昇る。
 古い階段坂はとても急で、ひたすら続いてて終わりが見えない。時々コンクリートが朽ちてて、けど、それをじっくり見る余裕もなくて、息を詰めて足を動かす。
 途中で足が重くなり、やばい、って思った。
 太ももが思うように上がらなくなって、我ながらショックだ。阿部君は、っていうとすぐ目の前に丸まった背中があって、あっちも余裕がない、みたい。
 うおおお、と心の中だけで気合を入れ、必死で重い足を振り上げる。けど、終わりが見えて来た頃には、そんな気合も吹き飛んで――勝利宣言する元気も、ちょっとなかった。
「か……った……」
 ひぃーひぃー、と呼吸しながら最後の段を踏み越えて、そこにどさっとヒザを突く。
 太ももが痛い。脇腹も痛い。ノドが痛い。汗で滲んだ目が痛い。

 どたっと倒れ込むオレの横に、わずかに遅れて阿部君が、同じくドサッと倒れ込んだ。
 はあー、はあー、と2人分の荒い息が響く路地。
「うそ……だろ……こんな……」
 途切れ途切れに呟く阿部君は、きっとこんなにキツく感じるとは思ってなかったに違いない。オレもだ。
 高校時代は、こんくらいの階段坂ダッシュを何本やってもまだランニングできたのに。今はランニングどころか、立ち上がることさえ当分無理で、体力の衰えを自覚する。
 肺活量も、腹筋も、何もかもが以前とは違う。
 若かったなぁ、って高校時代を振り返ってる場合じゃなかった。
「明日……オレ、仕事……」
 道路にひっくり返ったままの阿部君が、まだ整わない息でぼそぼそ呟く。でも、最初に競争しようって言ったの、阿部君、だし。自業自得だとしか思えなかった。

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