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15 三橋君、力説する
 あの阿部さんちでの一件以来、阿部さんはうちの大学の練習試合に、よく顔を出すようになった。
 勿論部外者だから、ベンチには入って来れないけど……でもフェンス越しに試合を見ては、花井君と話してた。
 捕手には捕手同士の話があるの、かな?
 でも考えてみれば、オレだって高校時代、修ちゃんと話すのが一番楽しかった。投手には投手の話も、やっぱあるんだよね。
「三橋」
 花井君に呼ばれて振り向くと、手招きされた。ベンチから立ち上がり、阿部さんたちの方へ向かう。入れ替わりに花井君がベンチに戻り、ドカッと座った。ため息をつきながら、ガシガシと短い頭を掻いている。
 珍しいな、とちらっと思う。
 花井君のそんな態度は、見た事がなかった。

「今日も調子良さそうだな」
 挨拶よりも先に、阿部さんがそう言った。
「こ、こんにちは。ありがとう、ございます」
「お前、花井のリードってどう思う?」
 花井君のリード……?
 そんな事を、いきなり聞かれても困っちゃうよね。
「う、頑張ってる、と、思います」
 頭に浮かんだ事をそのまま正直に言うと、阿部さんはちょっと目を見開いて、それから「ははっ。そうか……」とちょっと笑った。

「頑張ってる、か」

「はい。花井君、キャッチャーじゃなかったのに、他にやれる人いなくて。後輩が入るまでって約束だったけど、後輩にも、キャッチャーいなかった、から、そのまま、で。オレ、球種多いから、サインもいっぱいだ、し、リード考えるの、メンドクサイと思うけど。花井君、頑張って、くれてます、よっ」
 思わず力説してしまって、はっと阿部さんを見ると、阿部さんは苦笑してオレを見てた。
「三橋ー、褒めても何も出ねーぞー」
 ベンチでは花井君が、赤い顔して喚いてる。
 うお、照れてる、ぞ。
 
 何だかおかしくて、更に思ってる事を言ってみる。
「オレ、ね。今まで、オレだけのキャッチャーっていなかった、から。高校のときも、1番貰った、けど、実際はダブルエース、だった、し」
 阿部さんが、小さく息を呑んだ。
 花井君は、赤い顔をこっちに向けて聞いてくれてる。
「このチームは、ピッチャーオレ一人、で、キャッチャーも花井君だけ、だから。花井君、頼りにしてるん、だ」
 ふひ、と笑って阿部さんを見る。
 憧れのスゴイキャッチャーの人。
 ホントは、ホントはこのセリフ、阿部さんに言いたい。阿部さんのこと、オレだけのキャッチャーって、思いたい。
 でも……そんなのは、無理、なんだ。
 無理、なんだ………。

 阿部さんが、キシッとフェンスを掴んだ。



 7月のシフト決めをする時、センセーに訊かれた。
「三橋君、夏休みは午前中から入れる?」
「は、はい。毎日じゃ、なけれ、ば」
 去年の夏は群馬に帰って、後輩の夏大の手伝いをした。
 残念ながら甲子園は逃したけど、その後の合宿や遠征にも付き合った。
 修ちゃん達、大学野球を続けてるみんなは、自分達の大会とか練習とかもあって、あまり顔を出せなかったから。オレと畠君とで、その分も手伝ったんだ。
 でも今年は……また今年の卒業生が手伝いに行く、よね。

 栄口さんと何か話し合った後、センセーが言った。
「もうそろそろ、小さなお店だったら、一人で店番できるでしょ?」
「う、え?」
 一人で……って、ええ、小さなお店?
 どのくらい?

 その日初めて、オレは、重井堂薬局には3店舗あるんだって知った。
 一つはココ。地下街の、地下鉄改札のすぐ近く。
 二つめは、センセーのご実家の横。住宅街にある、1号店。
 そして三つめは……地下街の一番端っこの階段を上がって、ちょっと歩いた所にある、地上店。
 場所を聞いてもよく分からなかった。オレ、その辺には近寄った事がない。
 だって、あの辺って………ホテル街、でしょ!?

「大丈夫、昼間だから!」
 栄口さんが、にっこりと笑った。

(続く)

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