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13 三橋君、目が覚める
はっと目が覚めると、暗い部屋に横たわってた。体の上に毛布が掛けられてる。
ここ、どこだっけ?
薄暗いからよく分からないけど、見慣れない部屋だ。グォーグォー、とかスースーとか、数人の寝息が聞こえて、1人じゃないって分かった。
起き上がると、めまいがした。
ぐるーっと世界が、回りながら斜めにかしぐ。
ふすまの向こうから、わずかに漏れる明かりを頼りに、廊下に出る。
目の前のトイレで用を足してたら、何だかだんだん、記憶がハッキリしてきた。
そうか、ここ、阿部さんちだ。
今、何時なんだろう?
廊下の壁にもたれたまま、ケータイを覗いていると、奥の方から阿部さんのお母さんが顔を出した。
「あら、目が覚めちゃったの?」
「あ、は、はい。すみません、オレ……」
小母さんのほうへ歩いていこうとしたら、真っ直ぐ歩けなくて困った。
オレ、どんだけ呑んだんだろ? もう途中から記憶が無い。
「三橋君、だっけ? 着替え持ってる? お風呂入りなさい」
小母さんが言った。
時刻は午後7時過ぎ。何時間寝てたか分からないけど、そんな非常識な時間でもない。
「いえ、あの、オレ、帰り……ます……」
口ではそう言うけど、三半規管がいう事を聞いてくれなくて、ずるっとへたり込んでしまう。小母さんにも「ほらほら」とくすくす笑われた。
「そんなんじゃ電車にも乗れないでしょ。タカが起きたら送ってって貰えばいいわ」
タカって……多分阿部さんのことだ。
じゃあ、阿部さんも寝ちゃってるのかな?
和室の中を覗こうと首を伸ばすけど、廊下からじゃ暗くて、誰が誰だかよく分からない。
ただ、全部で四人寝てるのは分かった。そんで、一番奥の一番幅が大きいのは……多分、小父さんだ。四人って事は、花井君も含めて、全員が寝ちゃったんだな。
オレは何とか立ち上がり、ぐるーっと揺れる視界に耐えながら、奥の扉まで歩いた。あ、TVの音がする。
リビングダイニングに一歩入ると、小母さんが、リビングのソファに座るように言った。オレは立ち続けていられなかったので、「すみません」と言いながら、お言葉に甘えて座らせて貰った。
バフ、とソファに背中を預けて、ため息をつく。
酔いが回ってるのが、こんなにしんどいなんて初めて知った。
気を付けないと吐きそうだ。吐いたらメーワクがかかっちゃう。
「はい、お水」
「あ、りがとうございま、す」
冷たいお水を飲んだら、喉がちょっとスッキリした。スッキリすると言えば……あ、胃薬。
そう思ったタイミングで、見覚えのある、青い小袋が差し出される。食後にのむタイプの、定番の胃薬。
「これ、よく効くわよ、のんどきなさい」
「はい、ありがとう、ございます」
小母さんにお礼を言って、ためらわずに薬をのんだ。胃が何だかスッキリとして、ほうっと息をつく。やっぱり売れるだけあるんだなー、なんて思って、ふへ、と笑った。
ボーっとしてたら、前のテーブルに、コト、っとグラスが置かれた。今度は氷の入った水だった。
「いいわよ、しばらくボーってしてなさい。後で、お風呂入ってね」
「は、はい」
お礼を言う間も無く、小母さんはダイニングテーブルに腰掛けて、TVを見始めた。
オレは再びソファにもたれ、見るとも無しにぼんやりと、壁に飾られてる写真や何かを眺めた。間近で見なきゃ分からないけど……野球チームの集合写真だなって、遠目でもそれは分かった。
気付けば腰を上げていた。
吸い寄せられるように、一枚のパネル写真の前に立つ。
見知らぬユニフォームを着て、防具を着けた阿部さんが、見知らぬ誰かの肩を抱いて、笑っていた。
シュン君じゃない。阿部さんだ。
若い。幼い。高校生だ。
隣の人は……。ズキンと胸が痛む。
ピッチャーなのかな。
胃の奥がモヤモヤする。
胸焼け? 呑み過ぎ?
違う、これは嫉妬だ。
阿部さんとバッテリーを組んでただろう、名前も知らないこの人に、嫉妬してるんだ、オレ。
左腕だったのか。左手でボールを握って、誇らしげにこっちに向けている。自信たっぷりの笑顔。
××年、夏大・埼玉県大会準優勝。
ああ、後一歩で、行けなかったんだな。
自信たっぷりに笑う、この人でも。
思い出す、昼間のこと。
パシン! ミットを鳴らす、会心の音。
この人は阿部さんに、一体何回……何千回、あの音を聞かせて貰ったんだろう。
思い出す、阿部さんの声。「ナイスボール!」と褒めながら、ボールを投げ返す仕草。笑顔。
苦しい。胸が苦しいよ。
阿部さん。阿部さん。
「阿部さん………」
「何で人の写真の前で泣いてんだ、お前?」
ビクンと全身が跳ねた。
振り向けなかったけど、振り向かなくても誰だか分かった。
「阿部さん………」
7年後の彼が、立っていた。
(続く)
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