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三橋君と低反発
 シャワーを浴びてホテルを出たら、もう3時だった。
 入ったのが10時前だったから、5時間くらいいた事になる。
「あー、よく寝た」
 そう言いながらぐっと伸びをする阿部さんは、完全に復活してるみたい。
 復活したから、なのかな?
 朝、温泉施設を出る前、「もう当分勃ちそうにねぇ」なんて言ってたくせに……ウソツキ。
 オレはもう、まっすぐ歩けないどころかシートに座ってるのも辛くて、フラットにした後部座席で転がってるしかなかった。

 運転して貰ってるのに、オレだけ後ろで横になるのは悪いかな、ってちょっと思ったけど、でもオレがこうなったんだって阿部さんのせい、だし。
 昨日のは、よく確かめもしないで薬を渡したオレのせいかも知れない、けど、さっきのは……ひどいと思う。
「拗ねんなよ、悪かったって」
 阿部さんは爽やかに謝ってたけど、あんまり反省してるようには見えない。
「無防備に寝てんのが可愛くて、つい」
 って。理由になってない、よね。

 ただでさえ夜の間に穴だらけにされてたのに、さらに大穴を開けられて。オレ、明日バイトなのに……立ってられるの、かな?
「まあ、いーから横になってろ」
 阿部さんはオレを後部座席に押し込んで、苦笑しながらドアを閉めた。
 ホントに体は辛いし、座ってられないから、後ろで寝かせてくれるのはありがたい。
「すみません」
 オレは短く謝って、言われた通りシートの上にうつ伏せた。
 でも、運転席が気になって落ち着かない。

 去年から何度も乗せて貰った車だけど、そういえば助手席以外に乗ったのって初めて……かも?
 ぼうっとしてると、車がゆっくりと動き出した。
 ラブホテルの薄暗い駐車場は、朝よりも少し車が増えてはいたけど、やっぱりひと気はないままだった。
 座ってる時よりも、寝てる時の方が振動や揺れは激しいみたい?
 信号で止まるたび、角を曲がるたび、慣性の法則に振り回されて、まるで遊園地の乗り物に乗ってるようだった。

 休憩したラブホテルは湾岸線のインターのすぐ近くだったんだけど、すぐに高速には乗らないで、一般道を走ってたみたい。うつ伏せになってたから気付かなかった。
 気付いたのは、どこかの立体駐車場で。
「歩けそうなら、メシ食わねぇ?」
 阿部さんの声に促されるように顔を上げ、駐車場だって気付いてビックリした。
 メシって言われて、ぐぅとお腹が鳴る。
 でも、真っ直ぐなんて歩けそうにないし。人のいっぱいいるとこで、よたよた歩くのはイヤ、かも。

「オレ、留守番してます、から、構わず食べて来てくだ、さい」
 顔を上げて返事をすると、阿部さんは「ごめんな」と苦笑してオレの頭を撫でてくれた。
「すぐ戻る」
 そう言って後部座席のドアを閉めて、颯爽と駆けて行く。
 阿部さんは元気だなぁ、って感心した。
 オレと違って、もう現役で運動部に入ってる訳じゃないのに。やっぱり毎朝、ランニングし続けてるだけあるんだなぁ。
 そりゃオレも、一応毎日走ってはいる、けど。
 ……一緒に走りたい、な。

 ぼうっとそんなことを考えてる内に、もう阿部さんが戻って来た。
 この短時間に、買い物済ませて来たらしい。白いレジ袋を持っている。
「三橋、ちょっとこっち」
 阿部さんはわざわざ反対側に回り込み、後部座席の助手席側のドアを開けた。ガサガサとレジ袋から大きな紙箱を取り出して、さっそく中身を開けて見てる。
 何だろう? 少なくとも、食べ物じゃなさそうだけど……?
 体を起こして眺めてると、「低反発」って箱に書いてあった。枕かと一瞬思ったけど、クッションみたいだ。
「座って見て」
 って。うお、オレの為に?

 でも、真ん中が取り外しできる低反発クッション、「痔疾の時にも安心」って……恥ずかしい、んだ、けど。
 喜ぶべきなのかどうなのか、ビミョーに分からない。
 そりゃ、オレだって薬局でバイトしてるし、痔は珍しい症状じゃないって知ってる。
 立ちっぱなしの販売員とか、座りっぱなしの事務職とか、長距離ドライバーでもなりやすい、って。
 けどオレのこの痛みは、そういう職業病のせいじゃなくて――。

 カーッと赤面しながらクッションの上に座って見ると、確かに全然痛くなかった。

 改めてクッションを敷いて、助手席に座り直した。
「どうだ、痛くねーか?」
「大丈夫、です。ありがとう、ござい、ます」
 赤い顔のままお礼を言うと大きな手が伸びてきて、ポンと頭を撫でられた。
「やっぱ、お前は隣じゃねーとな」
 格好いい顔でそんなこと言われると、嬉しくて恥ずかしくて、とっさにリアクションも返せない。
「お、オレも、後ろ乗ってる、の、落ち着きませんでし、た」
 正直にそう言って、いそいそとシートベルトをはめてると、阿部さんは「だろうな」って言って、ふふっと笑った。


 車は立体駐車場を出て、そのまま高速には乗らずに一般道を走った。高速道路とJRの高架に挟まれた、3車線の国道を西に向かう。
 しばらくして観覧車が見えたところで、阿部さんが言った。
「弁当買って来たから、公園で食おうぜ」
 道理で何か、食べ物のニオイがすると思った。弁当って……やっぱり焼肉弁当かな?

 このクッションなしで座ってるのは、正直まだ辛そうだったけど。
 シャレたレストランで食事するより、公園でお弁当食べる方が、なんかオレ達らしくていいなぁと思った。

(続く)

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