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三橋君と夜の散歩
「ワリー、2時間くらい寝る」
 阿部さんはそう言って、オレの敷いた布団の上に、バタンと寝転んだ。はーっ、とため息をついてる。
「そこでTV見ててもいーし、散歩でもサウナでもしてていーから。好きに過ごして」
 デートなのにワリーな。そう言われて、「い、いいえっ」ってぶんぶんと首を振る。
「一緒にいられるだけ、で、楽しい、です」

 これは勿論本音だったけど、阿部さんはもう眠いのか、「んー……」って小さく唸るだけだった。
 慌ててバッと口を押さえる。も、もう黙ってた方がいい、よね。
 TVもうるさいだろうから、やっぱり2時間、外に出てた方がいいかな?
 音がしないようにそっと廊下に出ると、大部屋の方から「わーっ」っと笑い声が響いた。

 取り敢えず、2階にいても仕方ないので階段を下りる。さっきよりちょっと人が増えたみたい? みんな、お風呂から出て来たのかな?
 お土産コーナーには駄菓子を売ってるせいか、小さい子達が多かった。
 千葉や東京のお土産が多いけど、中には温泉まんじゅうとか、ここのオリジナルのお土産もあった。
 あ、湯呑、買おうかな? ペアのもある。
 でも、荷物になっちゃうから、帰りの方がいい、かな?

 その後はゲームコーナーとか2階の休憩室なんかをちょっと覗いて、昼間行った水着コーナーの方にふらっと行った。
 確か、浴衣のままで大丈夫だったよね。
 夜の露天風呂はライトアップの効果もあって、すっごく幻想的でキレイだった。
 月を見ながらお風呂っていうのもいいなぁ。阿部さんが起きたら、誘ってみようかな? 夜中の12時までやってるなら、ちょっとは入れるかも知れない。
 廊下のガラス戸から外に出ると、空気がちょっと涼しかった。寒い、って震える程じゃないのは、温泉の熱気のお蔭かな?
 足湯の方には、同じく散歩に来てるのか、浴衣姿の人がちらほら見えた。


 足湯に沿って、なんとなく歩いてる時だった。
「すみませーん」
 声を掛けられて、咄嗟に笑顔で「はい?」って振り向いて、しまった、と思う。カンペキ職業病だ。前にもこんなことあった、よね。
 そこにいたのは、浴衣姿の女の子2人、で。
「あの、私達ノドが渇いたんですけど、どこか休憩できるところってご存知ないですか?」
 可愛く笑いながらそんな風に訊かれて、えっ、どうしよう、ってちょっと迷った。

 キョロッと見回して、昼間阿部さんと行ったあのバーを探す。
 すぐそこの建物の真ん中あたり、こっち側が全面ガラスだったから分かると思うんだけど――。
「あ、あそこ、あの、テーブルが並んでるお店、で、飲めます、よ」
 愛想笑いを浮かべながら指差すと、女の子2人は「えー?」と首をかしげた。
「どこですかぁ?」
「あ、あそこ、ほら、明るくライトアップされてる……」
 説明しようとするんだけど、女の子たちには通じないらしい。「えー?」「えー?」って分かんないって言われて、すっごく困った。

 な、なんで分かんないのかな? そこに見えてる、のに。

「あのー、分からないんで、良かったらそこまで案内して貰えませんかぁ?」
「う、え?」
 えー、って思ったけど、でも困ってるのを見過ごせない、し。すぐそこだから、店の前まで連れてってあげた方が、早いかも知れない。
 オレは咄嗟にそう思って、「いいです、よー」って返事した。

 ホントに、すぐそこなんだけど、な。
 足湯の方から続いてる道を、女の子と連れ立ってゆっくり歩く。普段、阿部さんが大股だからか、女の子ってすごく遅い。
 浴衣だからかな? 裸足だからかな?
 じりじりしながら建物の中に入って、トイレの前を横切れば、すぐそこに大きなソフトクリームの置物が見える。
「こ、こちらです」
 立ち止まって指差すと――両脇から、ガシッと腕を掴まれた。ふわっと花の匂いが香る。

「ふえっ!?」
 何が起きたのか一瞬分かんなくて、思いっきりキョドってると、ぐいぐい引っ張られて店の中にまで連れ込まれる。
「お礼に、奢りますから」
 って。
「うお、オレ、ちょ、ちょっと……」
 ドモッてる内に、「さあ、さあ」って奥のテーブルに座らされた。
「生中3つ!」
 って。

 奢ります、って。え? び、ビール……?
 オレ、これで今日3杯目なんだけど、大丈夫、かな?
 こんな時、阿部さんが颯爽と助けに来てくれるといいんだけど……あ、阿部さん……まだ寝てる、よね?
「え、と……」
 オレは、店内にある掛け時計を見ながら、冷や汗をかいた。


 やっとのことで「ごちそうさま、です」って女の子2人を振り切って、早足で2階の部屋に戻る。
 途中、さっきの売店に寄って、湯呑とコーヒーとスポドリを買った。売店の分くらいは、後で阿部さんに払っとこう。
 部屋の前まで戻ると、灯りが点いてるのが分かった。うわ、阿部さん、もう起きたん、だ。
「お、遅くなりました……」
 言いながら部屋に入る、と。

「うっ、くそっ、収まんねぇ……っ」

 阿部さんが、苦しげに唸ってる声が聞こえてギョッとした。
「あ、阿部さん!?」
 驚いて近寄って、その姿にさらに驚いた。
 だって阿部さんは――浴衣を大きく割りはだけ、下着から自分の張り詰めた陰茎を取り出して。歯を食いしばりながら、自慰をしてたんだ。
 今更のように気付く、青臭いニオイ。布団の周辺に散らばるティッシュ。

 え? ……ナニゴト!?
 絶句してると、目が合った。怖い。真っ黒なたれ目が血走ってる。

「くそっ、三橋っ。てめぇ、何飲ませた……?」

 何飲ませたって――。え?
『効くよー』
 栄口さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。でも、後悔しても遅かった。

(続く)

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