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三橋君と車デート
「水着用意しとけよ」
 阿部さんが前にそう言ってたから、てっきり温水プールにでも行くんだと思ってた。
 屋内で、1年中やってるとこあるよね。

「ああ、今度はそういうとこもいーかもな」
 阿部さんは笑って、「泳ぎたかったか?」ってオレに訊いた。
「ワリーな、今日行くとこは、水着にはなるけど泳げねぇ」
「い、いえ。泳げなくてもいい、です、けど」
 オレは慌てて否定したけど……えーと、じゃあ、どこに行くんだろう?

 3月の中旬。
 街歩きデートの次の週、約束通り、車でデートすることになった。出発は、ちょっとゆっくり目の土曜のお昼。
 阿部さん、昨日お疲れだったみたいだもんね。
 昨日はオレも、いつものようにバイトだったんだけど、バイト先に阿部さんが来てくれたのは、閉店間際の9時前だった。
「はー、疲れたー」
 って。カウンターの上にカバン置いて、いつもよりワンランク上のドリンク剤を飲んでった。

「たまには滋養強壮のカプセル剤に替えられたらどうですか?」
 栄口さんがレジを打ちながら言ってたけど、阿部さんは「まあなぁ」って、あまり気が進まないみたいだった。
「いーんだけど、家で飲もうとすっと、ゼッテー忘れる自信があるからなぁ」
 って。
 そうだよね、なかなか習慣づけは難しい、よね。

 オレも多分、家でビタミン剤を毎日って飲めないなぁ。……と、ぼうっと考えてたら、いきなり話を振られてビックリした。
「じゃあ、そこは三橋君が」
 栄口さんに笑顔で言われて、とっさに返事が出来なかった。
「え? ふえ?」
「ははは、それいーな」
 話が分かんなくてキョドってるオレを見ながら、阿部さんは楽しそうに笑ってた。
 そして言ったんだ。

「そーか、一緒に住むようになったら、コイツに用意して貰えばいーんだな、滋養強壮剤」

「そうそう、夜にね。『今夜も頑張ってください』って」

 えっ、それって……どういう意味?
「なあ、三橋」
 そんな風に話を向けられても、「はい」なんて返事ができる訳ない。
 阿部さんも栄口さんも、一緒になってケラケラ笑ってて。けどオレは、恥ずかしくて笑うどころじゃなかった。
 でも、そんな冗談言ってるけど、普通に売ってる滋養強壮剤って、肉体疲労の時の栄養補給がメインだ。
 栄口さんはそういうの知ってるハズなのに……。2人とも、お疲れでハイになってたの、かな?

 閉店作業してる間も、栄口さんはずーっとニコニコ笑いっぱなしだった。
「いやー、あっさり同意されるとは思わなかったなー。もうホント、同居しちゃえばいいのに」
 って。こ、こんな時、どう答えるべきなのかな?
 返事もできないでキョドってたら、「いいなー」って言われた。
「明日はデートなんだって? 阿部さんお疲れみたいだし、はい、コレ。忘れずに飲ませてあげてね」

 そう言って、何かカプセルをくれたんだけど……透明なビニルパックに2カプセル入ってるだけで、説明書きも何もない。
 色は白で……えー、これって市販のハードカプセルじゃないの、かな?
 中身が入ってなくて、自分で好きなのを入れるようになってるカプセル。100個入りとかで、うちの店にも売ってる。けど。
 もしかして、ソレ? 栄口さん調合? センセーの調合かな?

「効くよー」

 すっごい笑顔で渡されて、「感想聞かせてね」って言われたら――「ありがとう、ござい、ます」って、礼を言って受け取るしかなかった。


 
 いつものように、オレんちの学生アパートの前から車に乗って、首都高を南下し……湾岸線を下りてから、10分くらい走ったかな。
 緑が多くてキレイに区画整理された街の道路をまっすぐ行って、着いたところは大きな温泉施設だった。何年か前に、TVで見たことあったかも。
 広い駐車場に車を止めて、キレイなエントランスから中に入る。
 受付を阿部さんに任せて、1歩後ろで窓口の案内書きみたいなのを呼んでると、「おい」って手招きされて、手首にバーコード付きのベルトを巻かれた。
 館内のお会計とか、全部このバーコードを使うんだって。
「貴重品は必ず貴重品ロッカーに……」
 受付のお姉さんが、色々説明をしてくれた。

 次に、奥のカウンターに行って、浴衣を借りた。オレは青系で、阿部さんは黒系。
 女性用と違って柄の種類は少ないけど、サイズは3Lまであって、身長2メートルの人でも着られるんだって。
 浴衣の着方にはあまり自信がなかったけど、阿部さんがてきぱきと帯を結んでくれたんで良かった。
「せっかく着たとこ惜しーけど、まず温泉な」
 阿部さんがそう言ったんで、貴重品をロッカーに入れた後、水着で入れる方の温泉に行った。
 水着で外で過ごした後、その水着を脱いで、温泉にそのまま入れるみたい?
 まだ昼間だからかな、家族客の方が多くて、小さい子もいて賑やかだ。

「はー、疲れた」
 まだ温泉に入ってないのに、阿部さんが大きなため息をついた。
 やっぱり、昨日までの疲れが残ってるの、かな。

「これ乗り越えたら週末にデートだーつって、それだけを励みにしてたんだぜ?」

 阿部さんの言葉に、嬉しくてふひっと笑みが漏れる。
 振り向くと、阿部さんはシンプルな黒の水着1枚になってて――そういえば、水着って初めて見る、かな。
 上半身裸なんて、もう見慣れたハズなのに。
 こんな人の多いとこでは初めてだって思うと、やっぱりちょっとドキッとした。

(続く)

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