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三橋君と都市伝説
 中学や高校で7不思議があるっていうのは聞いたことあるけど、大学にもあるとは思わなかった。
「そりゃあるでしょ〜」
 水谷君が、ゆるく笑いながら言った。
 休み時間の講義室。
 後期試験の発表も終わり、進級も決まって、みんなのんびりと雑談にふけってる。

「そういう噂の1つもない学校なんて、逆に珍しいんじゃない?」
「うお、そう、か」
 三星もあったのかな? オレ、あまりそういう噂話とか、聞いたことないんだ、けど。

「じゃあ、うちの大学にもあんのか?」
 横で聞いてた畠君が、感心したように水谷君に訊いた。
「あるよ〜。え〜、先輩とかから聞いたりしないの〜?」
 先輩、と言われて、畠君と顔を見合わせる。
 少なくとも、野球部の先輩からは聞いたことなかった。

「先輩はともかく、三橋はそういうの、知っといた方がいーかもなー」
 畠君がニヤッと笑って、オレの背中を軽く小突いた。
「う、え、そ、そうかな?」
 確かにオレは、卒業後にここの理事になる予定だけど、他の理事の人たちだって、多分そういうの知らないと思う。
 というか、その理事になるのだって、6年制コースにいるから、少なくとも4年は後だ。
 水谷君も、その事は知ってるみたいなんだけど……。
「だったら、ぜひとも教えてあげないとね〜」
 ゆるい口調でそう言って、ニカッと笑った。

 7不思議って言ったら、定番はやっぱり「ひとりでに鳴るピアノ」とか、「目が動く肖像画」とか、「動く人体模型」とか、かな?
 でも、水谷君の教えてくれた、三星薬大の7不思議はオカルト色たっぷりだった。
 『明かりのない廊下を音もなく走る白衣の影』
 『保健室の隣の開かずの女子トイレ』
 『夜中の実験動物棟に響く、動物たちの断末魔の声』
 『解剖前夜の犬の散歩』……。

 と、指折り数えながら7不思議を教えてくれてた水谷君が、思い出したように言った。
「あれ、『放射線実習のジンクス』は、7不思議に入れていいんだっけ?」
 
「ふえ、ジンクス?」
 それもオレは初耳だった。


 結局、その後話題が逸れちゃって、7不思議を全部聞くことはできなかった。
 でも、ジンクスについては教えて貰えた。
「放射線実習の時、毎年1人は『妊娠の可能性があるから』って申し出て、実習を休む人がいるんだって」
 水谷君が、ちょっと声をひそめて言った。
 妊娠、っていう単語に、ちょっとだけドキドキする。だって、同じ大学生、なのに。
 でも、他の大学を卒業してから、改めてうちに入学したっていう人だと、結婚してる人もいるだろうし……おかしいことじゃないの、かな?
 お、オレだって、阿部さんと、そういうコトしてるんだし……。

 オレがぐるぐると考えてたら、畠君がふんと鼻で笑いながら言った。
「それはお前、都市伝説だろ」
 って。
「あるある話っつーかさ。『運動部の女子マネが集団レイプされたらしい』とか、『新歓コンパで呑み過ぎて救急車呼ぶ騒ぎになったらしい』とか、そういうのと一緒じゃねーの?」
 畠君に自信たっぷりに言われると、成程そうかも、って思えてくる。

「うわー、ロマンがないねぇ」
 水谷君が、呆れたように言った。
「現実主義? 捕手ってみんなそんな感じ?」
 そういう水谷君の「捕手」って、誰のことだろう?
「え、で、でも、花井君は……」
 オレが口を挟むと、「あいつ捕手じゃないじゃーん」と水谷君に笑われた。
 確かに、花井君は元々外野の選手だ、けど。
 えー、じゃあ、阿部さんはどうなのかな? やっぱりロマンがないコト言うのかな?

「じゃあさー、みんなで『ロマンを探す旅in校内』行かない? 7不思議めぐり! 金曜とかどう?」
 水谷君が陽気に言うと、前の席や後ろの席に座ってた女の子たちが「なになに?」「行きたい行きたい」って口々に言い出した。
「カービーは? 行くでしょ?」
 オレを誘って来たのは、水谷君のカノジョだ。
「う、ご、ゴメン。オレ、ちょっと……」
 そう言って首を振ると、「えー」ってふくれっ面された。
「デートぉ?」
 ズバッと言われても、答えようがない。
 っていうか、オレ、いつまでカービーって言われるの、かな?

「カービーって、付き合ってる人いたんだ!?」
「えーっ、みんな狙ってたのに〜」
 って……ウソだよ、ね。
「どんな子? 同じ学年?」
 とか訊かれても、ホントのことなんて言えない、し。
 困ってカーッと赤くなってたら、また「カワイイーっ」って言われて、さんざんからかわれて。幸いチャイムに助けられたけど、すっごく疲れた。

 後で畠君にも注意された。
「お前、顔に出過ぎ」
 うお、やっぱりそうなの、かな?
 確かに今まで生きてきて、「ポーカーフェイスが上手だね」なんて、言われたことなかったけど。
「あ、阿部さんにも同じこと言われたんだ、よ」
 そう言うと、畠君はすごくイヤそうに顔をしかめて、「そういう情報はいらねーから!」って、ぷりぷりしながら去ってった。


 バイト中、客足が途切れた時に、ふと思い出したから訊いてみた。
「栄口さんの大学にも、7不思議、って、ありました、か?」
「んー、あったよー」
 栄口さんはそう言って、でも、「まるっきり覚えてないけどね」って笑ってた。
「あ、じゃあ、放射線の実習の時、に、妊娠がどうとかって、休む人、とか……」
「ああ、あるある!」
 栄口さんは、畠君と同じように「そういう噂あるよねー」と言った。

 うお、やっぱり、あるあるな噂なんだ。
 感心してると、いつものように阿部さんがドリンクを持ってカウンターに来た。
「いらっしゃいませー」
 栄口さんがドリンクをピッとレジに通し、お会計を進めてる。
 その横で、阿部さんがいつもの格好いい顔で、「何の噂?」ってオレに訊いた。
「あの、うちの大学に……」
 そう言って、水谷君から聞いた話を阿部さんに聞かせると。
「ははっ、そんなの」
 阿部さんは軽く笑って、こう言った。

「サボる口実に決まってんだろ」

 オレも――ちらっとそう思わないでもなかった、けど。そう言っちゃうと、夢もロマンも何もない、よね。
 ほ、捕手ってみんな、現実主義なの、かな?
 シュン君や小父さんは何て言うだろう? 花井君は?

 今度阿部さんちに招待された時、覚えてたら訊いてみたいな、とちょっと思った。
  
(続く)

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あきゅろす。
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