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三橋君と去り際のキス
アーケード街の向こう側は住宅街が広がってた。高層マンションっていうより、3階建てとか5階建てとかのマンションが多いみたい。
こっちにも、いくつかお店がある。薬局とかコンビニとか、クリーニング屋さんとか。
コンビニのお向かいには公園があって、結構広い。
高いフェンス越しに見えるのは桜かな? 大きな木がいっぱいありそうだ。
日曜のお昼だからか、子供たちの声がする。でも、そんなに騒がしいって程じゃなかった。
キャッチボールとか、できるのかな?
そう思って、阿部さんと初めて行った公園のことを、ふと思い出した。
『投げてみねぇ?』
そう言って、オレにミットを構えてくれた阿部さん。わざわざ防具をレンタルまでしてくれて。投げさせてくれて、受けてくれた。
あの日から全部始まったんだなぁと思うと、なんだか懐かしい。
「行ってみるか?」
阿部さんの方を見ると、なんだか懐かしそうに目を細めて公園の方を見てる。
もしかして、同じこと考えてたのかな?
車両乗り入れ防止のポールが立ってる入り口を抜けて、阿部さんと並んで公園に入る。
緑の多い都市公園だ。ベンチも多い。
野球場みたいな本格的なグラウンドは無かったけど、でもキャッチボールしてる親子がいた。
阿部さんは、入り口に立ってる注意書きの立札を、興味深そうに読んでいる。そして、残念そうに言った。
「バットは禁止なんだな」
「そう、なんです、か?」
立札を見れば、バットやゴルフクラブのイラストに、赤く×が描かれてる。
考えてみれば、ここは住宅街だ、し。
小さい子もいるし、流れ玉とか危ないから、仕方ないの、かも。
「でも、キャッチボールはできそうだし、十分じゃね?」
阿部さんの言葉に「そう、ですね」ってうなずいて、オレ達はしばらくベンチに座って、見知らぬ親子のキャッチボールを眺めた。
そういえば、冬だったせいもあるけど、最近阿部さんとキャッチボールしてない。
大学では、花井君や沖君や他のみんなとしてるけど……やっぱり、阿部さんとするのは特別だ。
そう思うとなんだかソワソワして来て、オレは阿部さんを振り仰いだ。
「あの、今度、キャッチボールしたい、です」
そしたら阿部さんも、ははっと笑って「そうだな」って言ってくれた。
ポンと頭を撫でられる。
「じゃあ来週は? 暇か?」
来週は、練習試合も何もない。バイトも入れてない、し。
「久々に車で遠出するか」
って。
今日のも十分遠出だって思ったけど、嬉しかったから言わなかった。
さっき見たコンビニで、阿部さんが飲み物を買って来てくれたので、ベンチに座って動物サブレを1個開けた。
「さっそく食うのか」
阿部さんは笑ってたけど、どんな味なのか興味あった、し。
「い、1個、だけ」
パンダの顔をしたサブレを耳からざくっと食べると、ほんのり甘くてすごく美味しい。
「おいしい、です」
オレが食べながら言うと、「どれ?」って阿部さんが手を伸ばして来た。
サブレを持つ手首を掴まれて、えっ、って思った瞬間、顔を寄せられてパクッと食べられる。
一瞬、ドキッとした。
「ん、あんま甘くねーな」
口元に付いた細かなくずを親指でぬぐいながら、阿部さんがニヤッと笑う。
その仕草がなんか格好良くて、サブレ掴んだままぽーっとなってたら、グイって。オレの口元も、阿部さんにぬぐわれた。
「わっ」
ボン、っと一気に顔が熱くなった。
だって突然だし。不意打ちするの、ズルい、よね。
「なに? 舐めて取ってやった方がよかったか?」
阿部さんは意地悪く言って、それから「はははっ」って機嫌よく笑った。
「お前は相変わらず、赤くなったり青くなったり忙しーな」
笑いながら、頭を優しく撫でられる。
青くなったりは最近、してないと思う、けど。
「赤くなる、のは、阿部さんのせいです、よ」
オレがそう言い返すと、阿部さんはまた「ははっ」と笑って。
「じゃあ、今度は青くなるようにしてやろうか?」
って。一体何をする気なのか、とは、ちょっと怖くて訊けなかった。
パンダのサブレを食べ終わり、買って貰ったミルクティーを全部飲み終わってから、しばらくその辺を散歩した。
大型スーパーにも行ってみた。
うちの大学周辺のスーパーに比べると、ちょっと高い、かも? でも、食料品から服や家具、家電まで揃ってるから、便利は便利かも知れない。
その後、ケーキ屋さんに戻って、ラッピングして貰ったサブレを受け取って。そうしてる内に夕方になったので、ちょっと早いけど居酒屋で夕飯を食べることにした。
そう言えば、阿部さんと2人で居酒屋入るの、初めてだったかも。
お酒呑むのって、いつもは阿部さんちか、阿部さんのご実家かの、どっちかだ。
もしかして阿部さん、宅呑みの方が好きなのかな?
そう思って訊くと、「別に」って言われた。
「酔ったお前を、あんま他のヤツに見せたくねーだけだよ」
口調は冗談っぽいけど、目が笑ってなくてドキッとする。
え、オレ、酒癖悪い、かな?
そう言えば……花井君からも注意されたっけ。「あんま呑むな」って。
「だから、お前はビール1杯な」
阿部さんにキッパリと言われて、オレはホントに中ジョッキ1杯しか呑ませて貰えなかった。
阿部さんは3杯も呑んでた。けど、顔にもまったく酔いが出ないんだから、きっと強い方なんだよ、ね。
お会計する時も、真っ直ぐに背筋を伸ばして立ってたし。
駅まで歩く足取りも、普通にいつも通りの大股だった。
阿部さんの乗る電車とオレが乗る電車は違うので、オレの入る方の改札前で「じゃあ、また来週」って言って別れることにした。
といっても、明日きっとバイトで会うと思うけど。
「帰ったら、メールします」
オレの言葉に阿部さんは「おー」って応えて、それからいきなりオレを抱き寄せた。
「うお」
ここ、駅なのに――と、驚く間もなく、唇に軽くキスされる。
ほんの一瞬。
ふにっと柔らかいモノが触れて、離れた。
え、一瞬だった、けど。でも、ここは駅で。周りに人がいっぱいいて。そりゃ、みんながみんな、オレ達に注目してるって訳じゃないから、見られたとしても数人だったと思うけど。でも、キスで……え?
混乱して思いっきりキョドってると、阿部さんは。
「青くなったな」
オレの耳元でそう言うと、後ろ手を上げながらオレを残して去ってった。
え? 阿部さん酔ってない? ホントにシラフ?
でも、向こうに見える改札を颯爽と入っていくのを見て、なんだか負けたみたいで悔しかった。
悔しかったけど――。
それより何より、恥ずかしくて。居ても立ってもいられなくて、オレも足早に改札をくぐった。
(続く)
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