拍手Log 三橋君と動物サブレ 商店街は、駅前から見えてた大型スーパーのすぐ近くにあった。 短いアーケードの中に、色んな店がずらっと並んでる。 大型スーパーができると、アーケード街がシャッター街に変わっちゃうことも多いらしいけど、ここはそうでもないみたい。 でも確かに、雑誌を1冊買うだけとか、キャベツを1個買うだけとかなら、わざわざスーパーに入って行くより、こっちの方が便利だよね。 書店と、肉屋、八百屋、パン屋、豆腐屋、和菓子屋、ケーキ屋に……薬局もある。 「こういう街、いいな」 阿部さんがしみじみと言った。 「はい、いいです、よね」 オレがそう答えると、阿部さんは「そうか」って嬉しそうに笑ってた。 うん、ホント、雰囲気のイイ街だなぁって思う。 都心からそんな遠くないのに緑も多いし、駅前もキレイだし、治安よさそう。 美味しそうな食べ物がいっぱい売ってる。 まだスーパーには行ってないからよく分からないけど、商店街の向こうは住宅街だ、し、そんなに物価も高くないんじゃない、かな? 阿部さんの住むスタイリッシュな街とも、オレの住む大学周辺とも違ってて、新鮮で面白い。 「もうちょっと歩いてみるか」 阿部さんの誘いに、オレは自然にうなずいた。 アーケード街を歩いてる途中、ケーキ屋の店頭を覗くと、手のひらくらいの大きさの動物サブレが置いてあった。1個100円。手に取ってよく見ると、賞味期限は3月下旬までになってる。 マドレーヌとかより、そうか、水分活性が低いから、日持ちするんだな……と、ちょっと思った。 パンダとかウサギ、犬、猫とか色んな種類があった。 プレーン生地とココア生地とで、模様が描かれてて可愛い。瑠里とか、こういうの喜びそうだ。 「あ、阿部さん、これ、どうですか?」 オレの肩越しにワゴンの中を覗きこんだ阿部さんは、「あー、いーんじゃね」と言ってから、ふふっと笑った。 「つか、お前が好きだろ、こういうの?」 見透かされたように言われると、恥ずかしくて顔が赤くなる。 「前に買ってた、雪だるまケーキも可愛かったもんな」 阿部さんはそう言って、オレの頭をポンッと撫でた。 雪だるまケーキって……クリスマスだったかな? からかわれるのは恥ずかしいけど、そんな前のこと、覚えててくれたのはちょっと嬉しい。 「よし、じゃあこれにするか」 阿部さんが楽しそうに言った。 サブレは30個もありそうになかったんだけど、阿部さんは構わず、近くにあった小さな買い物カゴにテキパキとサブレを入れていく。 「あと、お前も好きなの選べよ。ついでに買ってやる」 そう言ってから、阿部さんは「あー……」と思いついたように、オレにこそっと耳打ちした。 「お前のは、ホワイトデーのって訳じゃねーぞ。今日のおやつ、な」 ふふっと笑って、オレの頭をまた撫でて、ケーキ屋のレジに「すみません」と声をかける阿部さん。 ホワイトデーのじゃないぞ、って。義理チョコの人たちと一緒じゃない、って。 ちゃんと、分けて考えてくれてて嬉しい。 赤くなりかけた顔、店員さんに見られるのが恥ずかしくて、サブレのワゴンに視線を落とした。 「これ、2つずつ適当にラッピングして貰えませんか?」 その声に、えっ2つ? って思ったけど……30個に足りないし、いいのか、な? 下手に種類を変えちゃうより、少なくても同じに揃えた方が平等? ワゴンの残りのサブレを眺めながら、そんなことをぐるぐると考えてたら、阿部さんに「三橋」って呼ばれた。 「会計するから、早くしろ。迷うんなら全部持って来い」 響きのいい声でそう言われて顔を上げると、阿部さんは笑ってた。カウンターの向こうで、店員さんもにこにこ笑ってる。 オレはまた顔を熱くしながら、慌てて自分のサブレを選んだ。 パンダと猫とライオン。3枚選んだのは、他の人より1枚多く欲しかったから、だ。 「これ、お願いします」 たたっとレジに持っていくと、「3枚、な」って阿部さんに言われた。 オレ、何も言ってないのに、全部見透かされてるみたい。 「もっと欲しがっていいんだぞ」 って。その言い方、ちょっと意味深に聞こえる、よね。 「ありがとうございます、2300円になります」 店員さんは普通に接客してくれたから、何も気付かれてない、みたい? でも、オレはどんな顔してればいいのか分からなくて、店内をぐるっと見て回るフリで背を向けた。 「お客様、申し訳ございませんが、ラッピングの方、少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」 店員さんの言葉に、そりゃそうだよね、ってちょっと思う。 サブレのラッピングって、どうするのかな? 透明で硬めのビニール袋に入れて、キュッとリボンで結ぶのかな? ラッピングには、30分くらいかかるみたい。 「じゃあ、また帰りに寄りますから。急がなくていいっすよ」 阿部さんは店員さんにそう言って、オレの分のサブレだけを受け取り、店を出た。 すぐに、サブレ入りのレジ袋を「ほら」って渡される。 でもお礼を言う前に、阿部さんが商店街の出口の方を指差した。 「ついでだし、向こうまで行ってみようぜ」 向こうって言うのは、駅とは反対の方だ。 アーケード街がちょっと薄暗いから、出口の向こうは明るく見える。 あの先には何があるのかな? 住宅街? 学校? 公園? 図書館とかあったりするのかな? 今から30分……楽しく時間潰し、できたらいいな。 こんな、のんびりのデートもいい、な。 「三橋、行くぞ」 阿部さんにぐいっと手を引かれ、斜め後ろを歩きながら、オレはちょっとドキドキした。 (続く) [*前へ][次へ#] |