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10 三橋君、投げてみる
 土地勘がないから、車にただ乗ってると、東西南北も分からない。現在地も分からないし、車が今、どっち方面に向かって走ってるかも分からない。
 だから阿部さんの車で連れて行かれた公園が、どこにある公園なのか……オレにはまるで分からなかった。
「ありがとうござい、ました」
 礼を言って車を降り、ぐるっと周りを見回しても、場所のヒントになるものは見当たらなかった。ただ、住宅地の中にある、広い都市公園だった。
 子供用の遊具のある区域と、小さな野球グラウンドとが、木立とフェンスとで別れている。
「お、ラッキー。誰もいねぇ」
 阿部さんは機嫌よく呟きながら、フェンスの奥へと入っていく。そのグラウンドは、あまり使われて無いらしく、芝生だか雑草だかが伸び放題に伸びていた。内野はまだマシだけど、外野なんか、草丈が膝くらいありそうだ。
 マウンドは……。
 気になってちらっと見ると、少なくとも草には覆われてないみたいで、ほっとする。
 
「まず、軽くキャッチボールな」
 阿部さんが黒いスポーツバッグから、ボールとグローブを取り出しながら言った。
「は、はいっ」
 オレも自分のスポーツバッグからグローブを取り出した。その時、念のためにと持って来た、ジャージやスパイクが目に入る。
 ジャージ、要らなかったな。
 阿部さんの格好をちょっと見る。阿部さんはTシャツにブラックジーンズっていうラフな格好だ。


 スポーツバッグを色褪せたベンチに置き、ベンチから少し離れた位置で、オレ達はキャッチボールを始めた。
 パシン、パシン。ボールを受け止める乾いた音が、オレと阿部さんを往復する。
 緊張か何かで浮き足立ってた気分が、しっかりと土を踏み締めて落ち着いていく。
 やがて呼吸が弾みだし、体が温まってきた頃、阿部さんが言った。
「スパイクって、持って来たか?」
「あ、はい。一応」
 阿部さんがグローブを外しながら、ベンチに近付いていくので、オレも同じようにベンチに戻った。
 黒いスポーツバッグから、ミットを取り出して、阿部さんが言った。


「ちょっとさ、投げてみねぇ?」


 ドキンとした。
 スゴイキャッチャー……花井君の言葉がよみがえる。
 使い込んだ黒いミットが、阿部さんの左手にキュッとはまる。
 オレは、それに誘われるようにうなずいた。
「は、い」
 でも、言ってしまってから、はっとする。
 阿部さん、防具がないじゃないか。
 するとオレの心を読んだみたいに、阿部さんがニヤッと笑った。
 また、ドキンとした。
 自信たっぷりな顔。自信たっぷりな笑い方。スーツ着てドリンク剤飲んでる時には、絶対見られないような……キャッチャーの顔、だ。
「9分割がホントなら、防具なんか要らねーハズだぞ?」
「でも、危な、い、です」
 オレは首を振りながら、でも、阿部さんの顔から目が離せなかった。


「じゃーしょうがねー」
 阿部さんが、くるっとオレに背を向けた。
「えっ」
 またまたドキンとした。いや、ズキン、かな。
 胸の奥が痛いような気がして、オレは胸元をギュッと握り締めて、うつむいた。
 阿部さんがくくっと笑った。
「またお前。赤くなったり青くなったり、忙しーな。車から防具持って来っから。そしたら文句ねーんだろ?」
「は、はいっ」
 オレは大きく返事しながら、阿部さんの背中を見送った。
 赤くなったり青くなったり、忙しいって。ホントにそうだ。オレ、何でこんな、阿部さんの一言一言に、一喜一憂しちゃうんだろう。


 阿部さんが、大きな防具ケースを持って来た。
「レンタルしといて良かったぜ。実を言うと、賭けだった」
「何が、ですか?」
「お前が投げてくれっかどうか」
 手際よく防具を着けながら、阿部さんが言った。黒い瞳が、おれを真っ直ぐに射抜く。

「お前、花井が『捕ってみたら』って話振った時、あんま乗り気じゃなかっただろ?」

 オレはキョドキョドと視線を散らした。言い当てられて、うろたえた。
 自信がないのも……ずっと自信を持てないでいたことも……一瞬で、見抜かれたような気がした。

(続く)

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