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三橋君と新しい風
3月。
後期試験の結果も出て、進級が無事決まった。なんとなくソワソワしてた学内も、少し落ち着いた感じがする。
薬剤師の国家試験からも、1週間経ったらしい。
ちょっと前まで国家試験って4月の初めだったから、大学は春休み中だし、あまり在学生には実感がなかった。
だって受験資格のある人は、卒業した先輩ばかりだった訳だし。
でも、3月の頭に変わってから、受験する6年生の先輩は「卒業見込み」っていう前提で在学中に試験を受ける。
卒業式は、試験の2週間後。合格発表は3月の末なんだって。
そういう、国家試験を終えて卒業を待つだけの6年生の先輩方を、最近校内でよく見かけるようになってきた。
それから、4年の先輩も。
卒業する先輩と、進級する先輩とは半々かな。
野球部の部室に差し入れ持って来てくれたりして、アルバム眺めたり、資料眺めたり、思い出話して帰ってく。
「勉強しろよ〜」
ってしみじみ言われると、ちょっと重い。
国家試験受けたばかりの、6年の先輩らは特に。
基礎問題とか専門問題とか、そういうのは過去問通りらしいけど……新しく設置された「実務」っていうのが、結構厄介、みたい?
過去問のない教科っていうのは、大変だよね。
この間、先輩の1人が過去問を部室に持って来てて、その時ちょっと見せて貰った。分かるのもあったけど、丸っきり分からないのもあった。
「これとかサービス問題だろ」
そう言って先輩が指差したのは、その「実務」の問題の1つ。
――チーム医療とは「多種多様な医療スタッフが、[ ]を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と一般的に理解されている。文中の[ ]に入る適切な語句はどれか。1つ選べ。
@業務負担の軽減 A医師への依存 B人件費の削減 C各々の高い専門性 D医行為の規制緩和 ――
「え、これってC……ですよね?」
花井君がパッと答えて、「確かにサービスですね」って笑ってた。
「まあな〜、でも、あまりにサービス過ぎると、つい疑いたくなっちまったりもするからな」
問題を持って来てた先輩はそう言って、すごーく遠い目をしてたんだけど……えと、自己採点は大丈夫だったの、かな?
うちのクラスは、そりゃ6年制前提のクラスだし、ほとんどの人が薬剤師を目指してる訳だけど……まだ2年だし。4年制コースと6年制コースへの本格的なコース分けするのは4年生になってからなんだから、まだまだ先だ。
だから、みんな結構のんびりしてる。
就職も先の話だし。
畠君も水谷君も勿論そんな感じで、普段そういう話しか聞いてなかったから、花井君が「スーツを新調した」って言うのを聞いて、びっくりした。
「え、なんで?」
驚いてそう訊くと、「もう3年だぞ」って呆れたように言われた。
企業説明会とか、セミナーとか、講座とか、まだまだ先の話だと思ってた、のに。
「まあ、お前らは勉強頑張れ」
そんな風にいい笑顔で言われたら、ちょっと焦っちゃう、よね。
「三橋は関係ないだろう?」
って、こっそり突っ込み入れられたけど、焦るモノはやっぱり焦る。
バイト先の重井堂薬局でも、「のんびりだなぁ」って言われた。
そりゃ、栄口さんやセンセーは4年制だった時の学生だし、色々違うと思うけど。でもまだ4年あるんだし、そんなのんびりでもない、よね?
バイトと言えば、西広さんももう卒業らしい。
「いいとこに就職、決まったらしいよ〜」
栄口さんは笑ってたけど、どこに決まったのかは特に教えてくれなかった。
代わりに、夏に産休に入った妊婦さん薬剤師さんが戻ってくるみたい。後、新卒の人が入るの、かな?
「春は、出会いと別れの季節よねぇ」
センセーがしみじみと言った。
「呑み会しなくちゃね」
って。
化粧品会社からの派遣さんも、4月に異動があったりするみたいだ。
じゃあ、阿部さんは……どうなの、かな?
顔を見たらすぐに訊きたくなっちゃったけど、やっぱり店頭だとみんなもいて恥ずかしくて、結局家に帰るまで我慢した。
オレがソワソワしてたの、分かりやすかったみたい。阿部さんは電話口で『どうした?』って笑ってた。
「あの、阿部さんは異動とか、ないんです、か?」
恐る恐る訊くと、「当分ねぇなぁ」って言われて、すっごく安心した。
で、そん時に聞いたんだ。
『異動はねーけど、昇進はあるかもな』
って。
一応、同期の中では最短だって。
「わ、お、おめでとうございます!」
大声でお祝いを言うと、阿部さんは『おー』って笑って、そして言った。
『じゃあ、昇進祝い貰おうかな』
まだ、何が欲しいって言われた訳じゃなかったけど――耳元でふふっと笑われて、ドキッとした。
(続く)
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