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三橋編・前編
 大学の試験は教授によって、問題用紙と答案用紙が一緒になってる教科と、別になってる教科がある。
 別になってる教科ならいいんだけど、一緒になってる教科、例えば問題途中の空欄に直接書き込むみたいな教科は、ちょっとだけ厄介だ。
 何が厄介かって言うと、白紙の問題用紙を確保しなきゃいけないから。
 これも全部、後輩の為だ。
 大学の試験では、やっぱり過去問が重要だし。試験前に大量にコピーが出回る過去問だって、そうやって各サークルの先輩達が、それぞれ問題用紙を確保してくれたものだ。
 だから来年以降の為にも、今年の問題は、今年オレ達が確保しなくちゃ。

 どうやって確保するかって言うと、前から順番に回ってくるのを2枚抜いて、後ろに回すだけ。
 それだけなんだけど……やるのには、やっぱり勇気が必要だ。
 だって2枚抜いちゃうと、当然、後ろの方の人には用紙が足らなくなっちゃうし。
「先生、足りませーん」
 そう不機嫌な声が響くと、ビクッとしてしまう。ごめんなさい、犯人はオレ、です。
 ただ、学校側もこういうの多分把握してるから、多めには用意してるみたい。
 こんな事やってるのも、野球部だけじゃないハズ、だ。

 それに、こういうことしないと、回収された問題は手に入らないんだから、仕方ない、よね。
 後輩の為だ、し。
 「この年の先輩は、あまり過去問を揃えてくれてないなぁ」とか、後々まで言われるのもイヤだ。
 野球部員はオレだけじゃないから、その点は気が楽だけど、やっぱり任せっぱなしじゃ悪い。
 勇気が足りないのは沖君も同じみたいで、オレと沖君2人より、花井君の確保率の方が、毎回格段に多かった。

「まあ、気にすんな。こういうのは思い切りだよ」
 試験の終わった後、待ち合わせした部室に先に来てた花井君が言った。
 テストをさっさと終えて、早めに教室を出たみたい。ストーブを点けててくれたお陰で、部室は温かくなっていた。
 全期間中に確保した問題用紙を、それぞれ部室のテーブルに出す。
 花井君が頑張ったおかげで、全教科揃ったみたい。
 その後は、確保した白紙の問題用紙をコピーして、正答を書き込んでまたコピーして、それを部室に保管しておしまいだ。

 100%の正答が、自力で書き込めれば何も問題は無いんだけど……さすがにちょっと自信ないから、テスト後に皆で集まって、答え合わせする必要がある。
 テストの出来不出来が仲間にも分かっちゃったりして、色々複雑だ。
 でもこういうの、復習にもなるんだよね。
 今日から部活開始だけど、冬だからそんなに練習もないし。
 忙しいのか先輩達も来なかったから、オレ達は夕方まで、そうして解答欄を埋めてった。

 お喋りしながら作業してると、あっという間に時間が過ぎる。窓の外が暗くなり始めたのを見て、オレは「あっ」と席を立った。
 最近日が少しずつ長くなったけど、油断してるとあっという間に暗くなっちゃう。
「あれ、バイトか?」
 花井君が訊いた。
 でも今日はバイトじゃなくて、阿部さんちにお泊り、だ。

「えっと……」
 正直にそう言うのもどうかと思って口ごもったら、そのキョドリ具合で色々気付かれたみたい。
「いい、分かった。もう何も言うな」
 ぐいっと手のひらでノーサンキューな仕草をされて、じわっと顔が赤くなる。
 沖君も「ああ……」と遠い目をして赤くなってた。
 色々知られてると色々便利だけど、やっぱり恥ずかしい。
 ここに先輩達がいなくて、ホントに良かったなぁと思った。


 慌てて学生アパートに戻り、お泊りの支度して電車に乗る。阿部さんちの最寄駅に着いた時には、もう6時を回ってた。
 今日は手料理を食べて貰う予定だから、買い物にも行かなきゃいけない。
 いつもは阿部さんと行くスーパーに、1人で行って2人分の買い物するのは、ちょっとだけ緊張した。
 阿部さんは普段、お肉ばっかり食べてる感じだから、メニューは魚にするつもりだ。
 うちの近所のスーパーより、ここの方が全体的に高めなんだけど、サーモンが安かったから、切り身を4枚買うことにした。
 自炊をしない人だから、調理器具も調味料も阿部さんちにはあまりない。
 でも、オレが少しずつ買い足してった調味料が、少しずつ棚に並んでいくのは嬉しかった。

 ホイル焼きが食べたかったから、魚や野菜の他にアルミホイルも買った。
 ミニキッチンにはグリルも付いてなかったから、フライパンで焼くしかない、かな。
 それともオーブンで焼ける、かな?
 あれこれ考えながらぼうっと歩いて、阿部さんのマンションのエントランスを入る。
 年末に貰った合鍵は、オレのアパートの鍵と一緒にキーホルダーに付けた。
 2つ並んだ鍵を見ると、なんだか嬉しい。
 阿部さんのテリトリーに入るの、特別に許されてるって感じがする。
 時々夢みたいだって思うけど……恋人なんだなぁ。

 しーんと静まった廊下を歩き、阿部さんちの鍵を開けてドアを入る。
 部屋の中には当然だけど阿部さんはいなくて、部屋の中は真っ暗だ。
 阿部さんは何時に帰るのかな?
 いつも8時に店に来られるんだから、いつも通りだと8時半は過ぎる、よね。

 ミニキッチンに食材を置いて、部屋の奥までずっと入る。
 壁際にカバンを寄せ、コートを脱ぎながらふと見ると……ローテーブルの上に、A4サイズのプリンター用紙が置いてあった。
 なんだろうと思ったら、それは阿部さんからの置き手紙で。
――冷蔵庫にプリンあるぞ――

 書かれてたのは、たったそれだけの文字だったけど。オレは何だか嬉しくて、しばらくそこから動けなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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