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阿部編
 仕事中にオフィスでコンコンやられると、どんなに寒かろうが窓を開け放してやりたくなる。
 コンコンならまだしも、ゲホゲホやゴホンゴホンって咳は、ホント迷惑だ。
 オレが上司なら、間違いなく「帰れ!」つって怒鳴ってる。
 マスクしてるだけ、まだマシか。けど。
「ウィルスはマスクを通り抜けますよ」
 通いの薬局の薬剤師がそう言ってたし、安全率はそう高くねーようだ。

 そこでバイトしてるオレの恋人はっつーと、今は後期試験の真っ最中だ。
 前期試験と違い、進級がかかってるとかで、夏とはちょっと真剣味が違う。だから電話も、ちょっと控えてる。
 試験終わるまではバイトも休みなんだそうで、冬休み終わってから会ってねぇ。
 もう20日近くになるか……そろそろ我慢も限界だ。

 アイツのいねぇカウンターを眺めながら、いつものドリンク剤を一息に呑み干す。
 にこっと笑ってくれるヤツがいねーと、なんかスゲー物足りねぇ気分だ。
「まあまあ、あと4日の我慢じゃないですか」
 栄口と言う名の薬剤師が、見透かしたように言った。
「月曜から三橋君、バイトですから。……なんて、勿論ご存知でしょうけど」
 からかうように言われて、「はは」と曖昧に笑みを返す。どうやらここの連中は、オレ達の仲を知ってるらしい。
 まさか、あのホテル街の小さな店に……監視カメラなんかねーよな、とは、考え過ぎだと思うけど。

 それに……あと4日、じゃねーし。

「ありがとうございましたー」
 笑顔の栄口に見送られ、恋人のいねぇ店を後にする。
 アイツがいねーのに、長居は無用だ。
 スーツのポケットから定期を出して、ピッと改札を通りながら、オレはふっと笑みを漏らした。


 コンビニで弁当とサラダを買って、1人暮らしのマンションに帰る。
 防音が利いてるせいで、大体いつもしーんとしてる建物だ。
 このやかましくねぇ感じが気に入ってたが、最近マジ、引っ越しを考え始めた。
 別に不満がある訳じゃねぇ。家賃もまあ相場だし、駅もコンビニも近い。会社の最寄駅まで、乗換もねーしな。
 唯一不満があるとすると、2人で住むには狭いってコトだろう。
 オレは――そう、薬局でバイトする大学生の恋人と、早く一緒に住みたかった。

 付き合ってまだ半年だっつーのに、同棲始めんのは早ぇーかな?
 けど、これは昨日今日思い付いたことじゃねぇ。
 こんな風に会えねぇ日が20日も続くと、どうしてもやっぱ考えたくなる。
 毎日、アイツの笑顔が見てぇ。

 エレベーターを降り、しんとした廊下に足音を響かせて、自分の部屋の前に行く。
 カチャンと鍵を開け、中に入ると、オレを出迎えるのは真っ暗な部屋。
 はあ、とため息をついて照明をつけ、ローテーブルに弁当を置いて、コートを脱ぐ。
 大晦日に、初めてここで『お帰りなさい』つって言って貰った時のこと思い出すと、ホントマジ、たまんねぇ。
 あれを早く、毎晩聞きてーんだけど。これって我儘か? いや、そうじゃねーよな?

 パジャマ代わりのスェットに着替えて一息ついた頃、ケータイがブーンと震えた。
 恋人からだ。
『こんばん、は』
 少したどたどしい、高めの声が静かに響く。
「おー、試験どうだった?」
 少し意地悪く訊いてやると、「うっ」と口ごもる声。
 けど、ホントは日頃からちゃんと勉強してた事、オレは知ってる。

 だから、こんなやり取りはただのじゃれ合いだ。
「明日の試験も頑張れよ。赤点取ったら、うち来んのオアズケな」
 とか。我ながらよく言う。これ以上オアズケなんて、オレの方が無理だっつの。
『う、が、頑張り、ます』
 気弱げな決意表明が可愛くて、思わずくくっと笑ってると、電話越しに赤面したような気配が伝わって来る。
 今頃真っ赤な顔してんだろうな、と、単純で丸分かりなとこもスゲー可愛い。

 くすくす笑ってると、恋人が話題を変えて来た。
『あ、阿部さんこそ、風邪とかひいてない、ですか?』
 照れ隠しのつもりなんだろうけど、ちょっと声が上ずってる。それも可愛い。
「あー、オレはひいてねーよ」
 笑いを抑えて、言葉を返す。
 試験中の電話は、10分だけって決めてるし。時間が惜しい。
「けど職場で……」
 咳してるヤツがいて、と話しながらも顔が緩む。

 マスクがどうとか、手洗い大事ですよ、とか――。そんな他愛もねぇ雑談をした後、「また明日な」と言って電話を切るのは、オレの役目だ。
『は、はい、明日』
 恋人が、また少しドモリながら言った。
 明日――試験が終わったら、着替えを持って泊まりに来ることになっている。
 合鍵使って、オレより先にここに来て。久々に手料理食わしてくれるらしい。楽しみだ。
 けど、何より楽しみなのは、「お帰りなさい」が聞けることだろう。

 楽しみだ。早く聞きてぇ。はにかんだ笑顔を見せて欲しい。
 だから。
「試験、頑張れよ」
 通じてないケータイを耳から離して、聞こえる訳ねーけど、オレはぽつりと呟いた。
 そして、それを冷めた弁当の横に置き、面倒だけど立ち上がる。
 洗面所でハンドソープ使って手ぇ洗って……それから改めてメシの時間だ。だって、風邪ひく訳にはいかねーし。せっかくの週末、台無しにしたくねぇ。
 3週間、顔も見てねーんだ。これ以上はムリだ。

 けど、一緒に住めば、こんなジリジリする事もねぇ。
 
 冷めた弁当を食べながら、オレは周りを見回した。
 壁紙も窓も、家具の配置も風呂も――結構気に入ってた部屋だけど。
 最近はやっぱ、どうにも引っ越したくて仕方なかった。

  (終)

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