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沖編
 10月末の群馬での野球は、色々面白かったし、楽しかった。寄せ集めチームだったけど、連携もうまくいったと思う。
 医歯薬リーグと前後してたから、練習なんかがかなりキツかったけど、今となってはいい思い出だ。
 できれば、このメンバーでこのまま草野球チーム続けて、社会人になった後もずーっとやりたいなぁって思うくらい。
 ……思うだけで、言ったりはしないけど。
 でも、それくらい楽しかったんだ。

 試合の打ち上げを改めてやろうって話を聞いた時は、勿論「行くよ」って即答した。
 監督達のご自宅っていうから、ちょっと緊張したんだけど……でも、みんな参加するっていうし。母親に稲荷寿司を重箱に詰めて貰って、ドキドキしながらうかがった。
 庭先には、自転車が4台停まってた。1番乗りじゃないみたいでホッとした。
 だって、1番乗りって気まずいよね?

 呼び鈴を押したらインターホンからの返事よりも先に、ドタドタと足音がして、田島が飛び出して来た。
「ちわっ! 沖さん入って入って。わっ、それ、差し入れっスか? あざーっす!」
 いつもテンション高い子だけど、今日はさらに高いみたい。陽気な声でまくしたてられて、さっと風呂敷包みを奪われる。
「オレ、オバサンに渡して来ますねー!」
 田島はそう言って、止める間もなく廊下の奥へ走ってった。

 え、ウソ、オレどうすんの? 案内は?
 一瞬冷や汗をかいちゃったけど、玄関を上がってすぐの襖が大きく開いてて、中から笑い声が聞こえてる。恐る恐る覗くとみんながいて良かった。
 ここが会場でいいんだよ、ね?
「ちわっ」
 挨拶して中に入ると、花井がくるっと振り向いた。
 ビクッとした。だって花井――目の焦点が合ってない。それに、その手に持ってるコップ……透明だ、けど。水じゃないよね?

 花井ってお酒、強かったっけ?
 曖昧に笑うオレの前で、花井はコップの中身をぐーっとあおった。
 そんな飲み方して大丈夫かな?
 ぼうっと眺めてたら、横からにゅっと空のコップが突き出された。監督だ。赤い顔して、すっごい笑顔で、間違いなく酔っている。
 その場に座って反射的に受け取ると、危ない手つきでビールが注がれた。

「まあまあ、1杯」
 1杯……とか言いつつ、えーと、なんでまだビール瓶を片手に持って、スタンバイしたままなのかな?
 仕方なくぐいっと口を付けて1/3減らして、もっかいコップを差し出してみる。でも残念ながら、いい笑顔で首を振られた。
 すごいプレッシャーだ。
 仕方なくもっかい口を付け、苦い液体を呑み干すと……待ってました、といわんばかりのタイミングでコップがまた満杯にされた。

 いや、えーと監督、「まあまあ」じゃないです。「1杯」でもないです。お料理も食べたいです。
 監督はまだビール瓶を持ったまま、いい笑顔でオレを見てる。3杯目も注ぐ気満々だ。
 でも、さすがに2杯も続けては飲めないし。どうしよう、どうにか逃げられないかな? トイレ? それとも誰かの側に……。
 けど、助けを求めて周りを見ても、花井は何かコワイし、阿部は真っ赤だし、頼りにならない。
 田島と泉は、2人していつの間にか、オレの持って来たお稲荷さんにがっついてるし。巣山さんは完全に一人の世界で呑んでいる。

 そんで三橋は――えーと。

 オレ、帰っていい、かな?
 おかしいな、まだビール2杯目なのに、オレ酔ってんのかな? 目の前の光景が理解できない。
 三橋が……阿部さんのヒザに座って、「あーん」って食べさせ合いっこしてるんだけど。これって現実なのかな?
 いや、勿論、この2人が付き合ってるのは知ってたけど……えーと、おかしい、よね?
 しかも気になるのは、それについて誰も何も言わないとこだ。
 もしかしてみんな慣れてるの? 日常茶飯事? ビミョーな日常だね……。


 この阿部さんって人は、20代半ばの社会人だ。
 阿部監督の長男で、阿部のお兄さんで、花井の高校のOBさんで、「伝説の捕手」とか呼ばれてたっているスゴイ人。
 で……三橋の恋人らしい。
 いつから付き合い始めたのかとか、そういうのは知らないんだ。
 でも夏休み前から、よくうちの試合を見に来てたから、その前後なのかなーとか思ってる。

 夏休みっていえば……夏合宿中に三橋、「カレシ」がどうとかからかわれてた事あった、よね?
 あの時花井が『兄貴分です』ってフォローしてたの覚えてるけど、あれって阿部さんのコトだったりするのかな?
 まあ別に、お互いが好きで幸せなら、男同士でもオレは別にいいと思うけど。
 ま、まあ、この間のキスマークには、ちょっとビビったけど。
 それにしても三橋……楽しそうだなぁ……。顔真っ赤だけど、あれって酔いなのかなぁ? 照れなのかなぁ?

 オレの目の前で、三橋は相変わらず阿部さんの膝に乗り、「ほら、これも食え」とか言われて、稲荷寿司を「あーん」して貰ってる。
 大きい一口だねぇ、美味しそうに食べて貰って嬉しいよ。
 でもしまったな、オレの好物だったんだけど……これから稲荷寿司を見る度に、今の「あーん」を思い出しちゃうかも。
「沖、見るな! 飲め!」
 花井はそう言うけど、目が離せないんだよ。っていうか、花井、目つきおかしいよ?

 阿部監督はビール瓶片手に「重い、重いなぁ」とか言ってるし。
「沖君が注がせてくれないと、おいさん手が痺れちゃうなぁ」
 って、だから瓶はテーブルに置いて下さい。……なんて、思うだけで言えないけど。
 なんか、みんな酔ってるのかな?
 水谷は来ないのかな?

 あ、三橋が今、ふわあと大きなあくびした。
「んー、どした、眠くなったか?」
 阿部さんのすっごい甘い声。
 と、真横にいた巣山さんが、消化不良起こしたみたいな顔をした。
 ヤケ酒!? くーっと日本酒をあおってる。
 その横では阿部さんと三橋が、「寝ろ」とか「眠くない」とか「寝ねーとどうなっても知らねーぞ」とか「寝ま、せん」とか額くっつけて言い争ってて。
 いや、いちゃついてるようにしか見えないけど。っていうか、見てられないけど。

 もう目の前の光景が甘過ぎて、ビールが余計苦い。
 なのに、監督はまだオレに呑ませるの、諦めてないみたいだ。
「ほらほら、まあまあ、駆けつけ1杯」
 って。いや、だから、1杯じゃないでしょうって。
 その横では花井が、ぐらんぐらんと首を回してる。
「沖ぃ、飲んどけ、酔ったモン勝ちだぁ」
 とか言ってるけど、とてもそう見えないよ、花井。
 水谷、まだ!?

 けど――オレのSOS空しく、水谷が来たのは監督も花井も、そしてバカップルの片割れも、静かになった後だった。

  (終)

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