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花井編
 打ち上げをやるからと阿部家に呼ばれて、ため息をつきながら自転車で向かった。
 月末に群馬でやった、野球の試合の打ち上げだろう。何人集まるかは聞いてねーけど、もしかしたら監督合わせて10人いるかも知んねーから、ちょっと多目に差し入れを用意した。
 缶チューハイ10本と、コーラとお茶のでかいペット2本。
 こういう大人数の飲み会ってのは、結構好きだ。阿部家の座敷でやって貰えりゃ、居酒屋なんかとは違って、他の客への迷惑とか考えなくていーもんな。
 それに男同士で話してんの楽しいし。
 寄せ集めチームだけど、勝ったし、充実してたし、楽しかった。

 楽しかったんだけど……気苦労も多かった。いや、誰にもそんなコト言ってねーけどさ。
 だって、相談できねーだろ? あのホモカップルどうにかしてくれ、とかさ。

 そもそもの始まりは、オレだったんじゃねーかと思うと気が重い。
『先輩、紹介します』
 そう言って、三橋を「うちのエース」つってあの人に紹介したの、オレだし。
 それ以前にも、バイトと常連客として顔は合わせてたみてーだったけど、「エース」と「捕手」として2人を繋ぎ合わせたのは……間違いなくオレだ。
 三橋の凄さを、自慢げにあの人に語っちまったのもオレだ。まあ、実際スゲーと思うんだけどさ。

 構えたとこにドンピシャで来るボール。9分割のコントロール、そして多彩な変化球。
 甲子園出場投手で、でもエラぶってなくて、礼儀正しくて……普段は何か、気の抜けたようなヤツで。
 いやー、まあ正直言うと、気に入るだろうなとは思ってたんだよな、三橋のコト。
 捕手ならやっぱアイツの球捕りてぇって思うし。オレだって初めて捕った日なんか感動だったし。
 オレみたいなニワカ捕手じゃなくて、阿部さんみてーな専業捕手なら、ゼッテー好きだろうと思ったんだ。
 だから、あの人が初めて三橋の球を捕った日に、気に入ってそのまま自宅に連れってったっつーのも、まあ納得できるんだ。
 それから練習試合のたびに見学に来て、「三橋の球を生かしきれてねぇ」とか説教めいたアドバイスくれたっつーのも、まあ分かる。
 野球部の夏合宿ん時に、「あいつにラフティングなんかさせんな」とか連絡して来るのも、まあ、分からねーでもねぇ。

 けど、なんでそれで恋人関係にまで発展しちまうのか、まったく理解できねぇ。

 一体いつからなんだろな? いや、知りてぇ訳じゃねーけど。
 夏合宿ん時、「カレシ」とか先輩達にからかわれて、赤くなってたけど……今思えば、そん時から三橋は、阿部さんのコト好きだったんだろうなぁ。
 つっても、あの時点では付き合ってなかったと思うんだけど。
 夏に何があったのか知んねーが、展開早ぇよなあ。でも阿部さんが大人だから仕方ねーのか?
 まあな、三橋だって20歳になったんだし、もう子供じゃねーんだし、いーんだけどさ。

 しかし、キスマーク見付けた時はマジビビった。
 忘れもしねぇ、寄せ集めチームの初の全員練習の日!
 いやその前日の、オレらの練習試合ん時から、おかしいって言やおかしかったんだ。
 阿部さんに、一緒にサウナ行きましょうつって誘ったら、「汗は自分ちで流す」とか。「帰るぞ、三橋」とか。……「パンツの替えは持ってきたか?」とか。
 あれって、そん時は分かんなかったけど、やっぱ牽制だったんかなー?
 美人のカノジョ持ってる心配性の恋人みてーな牽制。
 いやいやあのね、心配しなくても、オレら誰も三橋のコトなんか狙ってねーから!

 見えやすいトコに痕付けてたんも、やっぱ牽制だろうなぁ……。
 三橋、大変だな。
 つーか、アレだよな、あの後2人で阿部さんち行って、ヤッたってことだよな?
 あー……なんでオレ、気付いちまったかな?
 そんで、三橋に注意してハイネックのアンダー貸してやろうとしたら、思いっ切り睨まれるし……。
 あれ、何なのかな? 嫉妬されてんの? 何で?

 阿部や親父さんは、気付いてねーのかな?
 群馬行くのも2人で車で行ってたし、三橋のじーさんち泊まってたし。別行動多かったよなぁ。けど、それに誰も疑問を感じねーのがスゲーわ。
 あ、ふと思ったけど。まさか、三橋のじーさんちでは……ヤッてねぇよなぁ?
 まさか、な。
 
 ぶんぶん首を振りながら、自転車を降りる。阿部家の庭先にはもうすでに、自転車が3台停まってた。
 呼び鈴を鳴らすと、「どうぞ」とも言われねー内に、田島が玄関を開けて飛び出して来た。
「こんちゃーす、先輩」
 そう言って、オレから差し入れのビニル袋を奪い取り、また忙しく中に入って行く。酒も入ってねーのに、ハイテンションらしい。
 はあ、とため息が出る。
 予想してたけど、騒がしい打ち上げになりそうだよな。

 後を追うようにして玄関をくぐると、入ってすぐ右手の方から、騒がしい笑い声が聞こえて来た。
 開けっ放しの戸口から顔を覗かせて、うわっと思う。大人組はもう……酔ってるみてーだ。特に監督、いや、阿部の親父さん。
 転がってる空き瓶の数から見ると、聞いてた時間より、もうかなり前から始まってたらしい。まあいつものコトだけど。
「ちわっ」
 頭を下げて中に入ると、さっそくコップを渡された。問答無用で、泡立つビールが注がれる。
 ちびちび飲もうとしてんのに、親父さんは赤い顔で笑いながら、まだビール瓶を掲げてる。早く呑み干せと言わんばかりのプレッシャーだ。

 助けを求めて周りを見ると、田島と泉は食う方に夢中だし、巣山さんは隅っこで1人で、黙々と日本酒を飲んでいる。
 バカップルに至っては――いや、仮にも先輩に向かってバカはないか? けど、もうそう呼ばして欲しい。バカップルに至っては、完全に2人の世界に入ってる!
 三橋! 阿部さんのヒザ乗んな! 「あーん」されてんじゃねぇ!
 ……これで周りが誰も何も言わねーのが不思議だわ。
 酔ってるからか? 阿部父は手酌で呑んでるし、阿部弟はもう顔真っ赤だし。巣山さんはシラフっぽいけど、実のところどうなんかワカンネーし。
 沖と水谷は来ねーのかな?

 いっそ電話して「早く来い」ってせかしてやるか? そう思ってケータイを取り出そうとしたら、丁度いいタイミングで呼び鈴が鳴った。
「はーい、はーい」
 田島が勝手に返事しながら、ぴゅっと座敷を飛び出していく。その背中を見送ってたら、巣山さんがぼそりと言った。
「酔ったもん勝ちだぞ」
 そして、オレの飲んだビールのコップに、とくとくと日本酒を注ぎ入れた。
 いやいやいや、ちょっとこれ、ちゃんぽんにも程があるっつーか……飲むなら缶チューハイが良かったっす。
 てか、巣山さんやっぱ酔ってるでしょ? 酔ってるでしょ?
 まあ酔わなきゃやってられねーっつーのは確かにあるかも知んねぇ。彼の真横では、バカップルが「あーん」し合ってっし。

 はあ、とまたため息をついて、手元のコップに視線を落とすと――「ちわっ」と沖の声がした。
 振り向くと目が合った。一瞬ギョッとされたけど、気付かねぇフリでぐっと日本酒をあおる。
「まあまあ、1杯」
 阿部の親父さんが、オレん時と同じように、沖にビールを呑まそうとしてる。
 沖はやっぱオレと同様、助けを求めて視線を巡らして……そんで、やっぱバカップル見てギョッとしてた。

 ああ、分かる。シラフのヤツ見ると分かる、巣山さんの言葉。「酔ったもん勝ち」確かに!
 オレは沖の隣ににじり寄って、コップを掲げた。
「沖、乾杯!」
 コップを合わせて日本酒をあおると、すげー引きつった笑みを向けられたけど――オレは気付かねぇフリをした。

  (終)

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あきゅろす。
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