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9 三橋君、待ち合わせる
 あっという間に、土曜日になった気がする。
 振り返ってみれば、この一週間、授業がまるっきり頭に入ってない。
 理事長の身内として、留年は絶対にダメだし、留年しないようにヒイキされるのは、もっとイヤだ。だからちゃんとコツコツ勉強しておかなきゃいけない、んだけど……でも。分かってるけど、集中できてなかったんだな。
 上の空で授業を受けてても、一応ノートは取ってあるのに、自分でも感心した。書いた記憶もないけど、ちゃんとオレの字だ。

 オレはスポーツバッグに、ジャージの上下とアンダー数枚、勿論グラブとボールなんかも諸々入れて、阿部さんとの待ち合わせ場所に向かった。
 それは、オレがバイトしてる駅の近くの、地上にある噴水の前。「16番出口の階段を上がってすぐ目の前」って、説明してる場所だ。いざ行って見ると、人が多い。やっぱり、ホントに待ち合わせスポットなんだな。
 オレは噴水からやや離れて立ち、人ゴミを見回した。阿部さんは背が高くて体格が良くて、か、……格好いい、から、目立つと思うんだ。
 けど、それらしい人はいないみたい、だ。


 噴水の向かいにある時計を、ちらっと見る。十時五分前。う、ちょっとまだ早かったかな。
 ため息をついて、噴水に背を向けたとき、右手に手をかけられた。細い指の感触に、ひえっと振り向くと、女の子が三人、オレの顔をじっと見てる。
 高校生か中学生? 化粧をしてるけど、顔が随分幼い。
 オレは咄嗟に、バイトの癖で、営業スマイルを浮かべた。
「はい、何で、しょう?」
 すると女の子達は「きゃー」と騒いだ。

 な、な、何だろう? オレ、何かおかしいこと言った、かな?

 オレはちょっとキョドって、視線を左右に向けた。けど、また笑顔で話しかけた。
「あ、の?」
 すると女の子達が、口々に言った。
「お兄さん、格好いいですねー」
「何のスポーツやってるんですかー?」
「待ち合わせですかー?」
「これから、どっか行きませんかー?」
「お兄さん、見たことあるんすけどー、この辺でバイトとかしてる感じですかー?」

 うう、そんな一度に話しかけられたら、処理能力が追いつかない。
「う、え、と」
 ぐるぐるしちゃったオレに構わず、女の子がオレの右手を強く握った。
「一緒に遊び行きましょうよー」
 上目遣いで見られても困る。
「う、オレ、待ち合わせ………」
「いいから、いいから」
「メール来るっしょ」
 女の子達が、意外に強い力で腕を引っ張る。背中を押す。オレは少しずつ噴水から離されて行く。
 ホントは、オレの方が体格いいし、力も強い。だから、振り払うのなんか軽くできる。けど……怪我させちゃったりするのも怖い。
 どうしよう。
 オレは困って、胸元をギュッと握り締めた。名前を呼ばれたのは、その時だった。

「三橋!」

 聞き覚えのある、よく通る声。阿部さんの声だ。
 続いて、プッ、プーとクラクションが軽く鳴らされる。
 音の方に目をやれば、真っ黒なミニバンが公園のすぐ横に停まってた。
 全開させた助手席の窓から、ぐいっと体を覗かせて、阿部さんがオレを見てる。こっちに来いって、車に乗れって、促してる。
「あ、ご、ごめんね」
 オレは女の子達をやんわり振り切って、阿部さんの車の方へ急いだ。カチャッと、助手席のドアが開けられる。
「失礼し、ます」
 オレは助手席に乗り込み、ほっとため息をついた。



「悪ぃ、遅くなったな」
 オレがシートベルトをはめるのを待って、阿部さんが車をゆっくり出した。
「いえ、全然! オレが、早く来過ぎちゃっ、て」
 力いっぱい否定すると、「そうか?」なんて言って、阿部さんがちょっと笑った。
 前を見つめる真剣な横顔に、ドキッとする。
 じわーっと赤くなる顔を誤魔化すように、オレはさっきの礼を言った。
「さ、さっきは、ありがとうございました。た、助かり、ました」
「おー。何、逆ナンだった?」
「う、と……」
 さっきのは、どうだったんだろ? 遊びに行こうって言ってたけど、強引だったし。もしかして物陰に連れて行かれて……カツアゲされたり、とか、だったりして?

 カーッとなってた顔が、ぷしゅーって冷えていく気がする。
 信号が赤になった。
 ほとんど衝撃もなく車を停めて、阿部さんがくるっとオレを見た。そして、真っ黒な目を細めて言った。
「赤くなったり、青くなったり。さっきから忙しいな、お前」

「そ、そんなの……」
 一体、誰のせいですかっ。
 もう一度顔を赤くさせながら、オレは心の中で呟いた。

(続く)

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あきゅろす。
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