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7 三橋君、試合する
 キャッチャーのサインに首を振る。すぐにまたサインを貰う。インの低めにスライダーを外す……うん、賛成。こくりとうなずき、振りかぶる。バッターは予想通り打ちに来て、ボールの真上を空振った。
 3球3振、バッターアウト。そんで、あと一人。
 オレは帽子を取り、額に流れる汗をユニフォームの袖でぬぐった。息が弾んでる。心臓がドクドク打ってる。……生きている。
 帽子を被り直すと、バッターボックスに最後のバッターが立った。
 うん、最後のバッター。この打者で終わらせる。
 キャッチャーのサインは、全力の‘まっすぐ’。微笑んでうなずく。オレも賛成。この打者は力んでる。多分初球から振ってくる。
 ふう、と息を吐いて振りかぶる。
 全力で投げた‘まっすぐ’は、バットに当たって大きなキャッチャーフライになり、花井君のミットに納まった。

「礼!」
「ありがとうございました!」

 挨拶を交わしてベンチに戻ると、冷たいアクエリが待っていた。今年入ったばかりの新入生が、3人、お盆に載せて一人ひとりに渡してくれる。
「あり、がと」
 礼を言って受け取ると、「やっぱスゴイですね」と声を掛けられた。
「ふえ? オレ?」
 ごくごく一息に飲むと、うわ、酸欠で頭がぼーっとする。もう体がなまってるんだな。1試合投げきっただけで、こんななるなんて。
「三橋、吸っとけ」
 先輩が酸素ボンベを回してくれる。酸素を何度か吸い込むと、目の裏の赤く見えるのがようやく消えた。大きくため息をついてベンチに座ると、さっきの1年生が、もう一杯アクエリを渡してくれた。代わりに酸素ボンベを持ってもらって、今度はゆっくりアクエリを飲む。
「さすが甲子園行っただけありますね、一緒に野球できるなんて、ウソみたいですよ」
「大げさ、だな」
 オレは、ふひっと笑った。
「でもオレの力だけで、甲子園行ったわけじゃない、から」
 修ちゃんと、畠君と、百枝監督と。その外の三星のみんながいてくれたお陰だから……。
 

「当たり前だな」

 と、フェンスの向こうから声がした。
「けど、それを自覚してるってのは、いい事なんじゃねーか?」

 声の方を振り向けば、阿部さんが立っていた。
 あれ、え、阿部さん?
 まだ酸欠かな。幻が見える。白昼夢? オレ、やばくない?
「もっかい酸素……」
 1年生から酸素ボンベを貰おうと、手を伸ばす。その手が、「ちわっ!」という花井君の大声で止まった。
「先輩、来てくれたんすね。お疲れ様っす」
「おー。ちょっとしか見れなかったわ。お前、キャッチだっけ?」
「いや、うちんとこ経験者がいなくて。オレが一番やれそうだったんで、仕方なく」
「おーい、キャッチを仕方なくとかいうなよ」

 花井君と阿部さんの会話が聞こえる。……ってことは、幻じゃない? ええっ、本物の阿部さん?
 オレは慌てて立ち上がり、花井君の側に行った。
「う、こ、こんにち、は」
 つい「いらっしゃいませ」って言いそうになって、どもってしまう。よく考えて喋らないと。
「おー、お疲れ。ナイピッチ」
 阿部さんが笑って言った。
 何でかな、オレ、顔が熱い。花井君がそんなオレの顔を見て、「お前、熱?」と額に手を当てた。



 クールダウンは念入りにするけど、ミーティングは軽めに終わる。軽めと言うか、一言ずつ感想を言い合うだけの、簡単なものだ。
 そんで、現地解散。今日は相手校のグラウンドだから、電車に乗らなきゃ。
「三橋、この後用事ある?」
 珍しく花井君が誘ってきた。沖君とはたまに寄り道したり、食べに行ったりするけど、花井君は珍しい。
「ううん、ない、よ」
「おし、じゃあメシ食いに行こうぜ」
「うんっ」
 花井君に連れられて行ったのは、焼肉屋だった。オレも前、沖君と来たことある。1時間限定食べ放題1800円の店。
「ちわっ」
 花井君があいさつする。何でかな、と思ったら、店の前に阿部さんがいた。

 20分くらい無言で食べまくった後、阿部さんが、ビールを飲みながら花井君に聞いた。
「花井、初マスクいつよ? 怖かっただろ」
「いや、そうでもなかったすよ。三橋のコントロール、ハンパねぇし」
 な、と話題を振られ、ウーロン茶にむせそうになる。ホントはビールを勧められたんだけど、花井君が今日は飲まないって言うから、オレも遠慮したんだ。
「ハンパねぇって、どんくらい?」
 阿部さんの質問に、花井君が自慢げに言った。
「ストライクゾーン、9分割っすよ!」
「ウソつけ、お前、そんなピッチャー……」
 笑いながらオレを見て、阿部さんの言葉がふっと止まる。オレは恥ずかしくて身を竦めてた。
 だってオレ、コントロールしか自信ない。そんなこと、自慢げに言いふらすべきもんでもないし。花井君、阿部さんに話しちゃうの、恥ずかしいからやめてくれないかな。
 そんなオレの思いとは裏腹に。花井君は言った。

「ウソだと思うなら、先輩。一度受けてみませんか?」


 オレは心の中で悲鳴を上げた。


(続く)

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