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バスの中
 初めての合同練習を終えた夜。
 埼玉へ向かう高速バスの中で、三橋が小さく「あっ」と叫んだ。

「お土産買うの、忘れた」

「はあっ? いいじゃねーか、もうあきらめろ」
 俺が呆れたように言うと、三橋はぶんぶんと首を振った。
「ダメだよ、怒られる」
「お前の親が怒るわけねーだろ」
「違うよ、ルリだよ。泊まりにくるんだ。お土産ないと、大変なことになる……!」


 どう大変なことになるのか。三橋はこわばった顔で、俺の腕をぎゅっと握り締めた。すごく痛ぇ。
「阿部君、お願いだよ。一緒に泊まりに来て!」
 いやだと断ろうとしたが、三橋は俺の腕を放さない。

 てめえ、やめろ。痣になるだろ。っつか、もうなってるだろ! あー、もう、わかった、わかったから、泊まるから放してくれ。


 かくてオレは、無関係な三橋のいとこの恐ろしいお仕置きに、振り回されることになった……。


 三橋のいとこに会ったのは、一度きりだ。
 夏体の初戦。崩れかけた三橋を救ったのは、実質、あの女だった。
 今でも思い出すと、ぞっとする。
 力を失くした三橋。ずぶ濡れで、うずくまって。冷たい手を、震わせて……。

 あの時の礼ができるなら、多少振り回されても、まあいいか。
 いや、良くないけど……まあいいか。
 腹をくくりかけたその時、三橋が言った。
「阿部君、オレ、考えた」
 何をだ、また下らない事か。

「お土産、ドライブスルーで、買えばいい」

 それはサービスエリアの間違いか?
 それとも最近の高速道路では、ドライブスルーで土産が買えるのか?

「次の停車駅で、買って来る」

 待て待て、駅には停まらねぇ。
 殴るべきか、優しく教えてやるべきか? オレはこぶしを握り締めた。

「オレ、一人で行けるから、阿部君は寝ててくれ。オレも、着くまでちょっと寝る」

 オレの心の突っ込みは、もちろん三橋に通じていない。三橋は一方的に喋って、勝手に一人納得して、すぐに寝息を立て始めた。
 オレはというと、何かもう目が覚めちまった。
 ふと、花井と目が合った。何とも言えない顔で、オレを見ている。
 何だその目は? 同情か?
 花井が慌てて寝た振りするのを、オレは許さなかった。

「花井、三橋のいとこ、かわいかったぞ」
「や、キョーミねーし」

 花井は目を閉じたまま応えた。起きてンのがバレてんだから、こっち見ろ。
「三橋が現地で土産を買えなかったのは、キャプテンとして、責任があんじゃねーか?」
「オレのせいかよ!」
 花井の大声に、モモカンが静かに言った。

「花井君、うるさいよ」

「う、ぐ」
 花井が黙った。すげえぞモモカン。よし、このまま道連れ1号をゲットだ。

「監督、オレだけで三橋の問題を対処するのは不安です。主将に同行を頼むべきだと思います」
 モモカンは言った。
「そうねぇ、花井君はどうなの?」
「オ、オレはちょっと用事が……栄口、栄口が一緒に行くのはどうだ?」
 栄口は眠っている。よし、起こすか?
「でもねえ、栄口君のおうちは今、大人の方がいないでしょう。三橋君のおうちに泊まれるかは判らないわよ。よく話し合いなさい」
 モモカンはそう言って、席に戻った。

 オレは花井をじっと見た。知ってるぞ、お前は情と押しに弱い。
 花井の視線が揺れている。
「えっとさ、ドライブスルーで土産買えればいいんじゃねーの」
「サービスエリアだろ」
 花井が赤面した。
「じゃあ、サービスエリアでお前、三橋についてってやってくれよ。オレ、足こんなだし、歩くのツレーんだわ」
 捻挫した足を指して言うと、ほら、花井は引き受けざるをえねー。
「まあ……判ったよ。それくらいならいいぜ」

 よし、花井ゲット!

 心の中でガッツポーズをするオレに、後ろの席から、西広が言った。
「さっきの草津SAで、気付けばよかったね。だったら京阪神のお土産も買えたのに。次は浜名湖SAでしょ、大丈夫かな?」
 まあ、最後の海老名よりはマシだけどね。
 と、西広は優しく笑った。本当に先生は頼りになるな。花井、何としても頑張れよ。
 花井の顔色が悪くなっていた。


 花井を抱き込んでいたせいで、安心したんだろう。オレに眠気がやって来た。くわっとあくびする。眠ぃ。オレは素直に目を閉じた。
 大体、運動した後なんだ。みんなと違って試合に出た訳じゃねーけど、やっぱり身体は疲れてる。超早起きの習慣もあるしな、夜通し起きてるなんて、考えるまでもなく無理な話だ。
 オレだけじゃなく……花井も、三橋も。



 プー。バスのドアが開いた音で、目が覚めた。
「えー、海老名です。20分休憩いたします」
 バスドライバーの抑えた声が告げた。

 海老名。え、海老名!?

 オレは飛び起きた。花井のハゲ頭を掴んで揺らす。
「起きろ、花井! 海老名だ!」
 花井はぼうっとしている。寝てンのか、それともショックでフリーズか?
「海・老・名・だ・ぞ!」
 耳元で言ってやると、慌てて花井も立ち上がる。
「三橋ィ!」
 オレは三橋のふわふわ頭を、思いっきりシバいた。
「……」
 三橋は起きねぇ。
「み・は・し!」
 今度は胸倉掴んで揺さぶった。お、薄目が開いた。……また閉じた。

 くそ、こいつ根性あんな。エースとしちゃ頼もしいが、今だけは起きてくれ。オレは魔法の言葉を口にした。
「マウンドを降りろ!」
「嫌だ!」
 よっしゃ即答。でも、まだ寝たままなのは何でだ?

 オレはキッと花井を睨んだ。花井がたじろいだ。
「な、何だよ」
 目が泳いでる。オレは花井にぐっと迫った。
「花井、お前だけが頼りだ。代わりになんか土産、買ってきてやってくれ」

 頼む、とオレは頭を下げた。

「お、おう、仕方ねーな」
 花井、いいヤツだな。お前のためなら、何度でも頭ぁ下げてやるぜ!
「でも、何買えばいいんだよ?」
「そりゃあ女が喜びそーなモンなら何でもいんじゃねーの? お前に任せるよ」
「ったく、後で金払ってくれんだろーな?」
 花井はぶつぶつ言いながら、朝もやのサービスエリアに降りて行った。


 休憩時間ギリギリに、花井は帰って来た。
「結構かかったな」
「あー、遠かった。またトイレと反対方向だし」
 トイレも行ったのか。余裕だな。

 バスはゆっくりと駐車場を出て、埼玉へと帰っていく。時刻は4時。朝練のためには、もうそろそろ起きる時間だ。
 今まで眠っていた連中も、体内時計のせいか、駐車場を出るときの揺れで目を覚まし始めた。

「それで、何買ったんだ?」
 頼むぞ、花井のセンスに掛けてんだかんな。オレが訊くと、花井がちょっと照れた。
「女が欲しいもんなんて分かんねーからさー。まあ菓子と、ストラップで」
 菓子とストラップ。まあ無難だな。
「さすがキャプテン! 頼りになるよな!」
 オレは花井に、とっておきの笑みを浮かべて見せた。花井の顔が引きつった。……お世辞ってバレたか?

 オレ達の会話が気になったのか、今まで寝ていた栄口が訊いて来た。
「ねーねー、何の話ー?」
 その横で西広は、薄笑いを浮かべている。何だ、その笑みは? スゲー気になったが、まずは栄口の質問に答えた。
「実は三橋が、イトコに頼まれた土産を買い忘れたみてーでさ。何か用意しねーとウルセーんだと」
「あー、イトコって、あの可愛い子? へー、来るんだ?」
 栄口の顔が、ほわんと緩んだ。お、興味あんのか?
「泊まりに来るらしーぞ。オレも花井も泊まんだけど、お前も来るか?」
 横で花井が「オレは泊まんねーぞ」とか喚いているが、無視しよう。栄口は、即答だった。
「行く! 泊まる!」

 よし、栄口ゲット!

 その横で西広が、小さな声で言った。
「どうなったか教えてねー。あ、むしろムービー撮ってきて」
 なんだ、それ。何を面白がってんだ?
「お前も来りゃいーじゃん」
「いや、遠慮するよ」
 西広は笑って、また目を閉じた。寝るのか? 寝言か?

 やがてバスは何事も無く、早朝の浦和駅に着いた。
 三橋もさすがに起きた。サービスエリアに寄れなかった事に、今更のように慌てている。

「三橋、安心しろ。キャプテンがお前の代わりに買いに行ってくれたんだぞ」
 お礼言いな、と促すと、三橋は礼を言うより先に、花井に聞いた。
「ナニ買った、の?」
「おう、菓子とストラップ……適当に選んじまったけど」
 金払ってくれよな、と念を押しながら、花井がサービスエリアのレジ袋を差し出した。
 三橋はバッと中身を覗き、ぷるぷる震えた。そして言った。

「花井君はバカ、だ!」

 はあ? 何、お前、失礼なヤツだな。
 イラつきながら袋を覗き、納得した。
「花井ィ、お前、ナメテんの?」

 東京バ○奈って、そりゃ何だ?
 もしかして、とストラップを確認する。案の定ハゲは、めざ○しくんとキテ○ちゃんのコラボストラップを買っていた。

「東京グッズ買ってどうするよ?」
「え、女の喜びそーなモンでいいっつったじゃん。うちの妹は、両方好きだぞ!」
「土産物の意味を辞書で引いて来い!」


 オレ達が言い争いをしてる横で、西広が言った。
「だから海老名より浜名湖でって言ったのに……」

 三橋はしくしく泣き始めた。





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あきゅろす。
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