[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
思い出して欲しいこと・1 (2017三橋誕・原作沿い高2・病気ネタ注意)
※架空の奇病という設定ですが、うつ病や精神疾患的な要素が入ります。苦手な方はご注意ください。






 阿部君が後輩の新入生と揉めたのは、4月の半ばのことだった。春大地区予選が無事終わり、何とか勝ち残って、県大出場を決めたばかりの頃だ。
「そんなガミガミ言わなくたって分かってますよ!」
「分かってねーから言ってんだろ!」
 練習中、突然始まった口論に、オレもチームのみんなも訳が分かんなくて呆然とした。
「じゃあ、どう分かってねーのか、分かるように説明してくださいよ。怒鳴るんじゃなくて!」
 ケンカ腰で阿部君につっかかる、後輩捕手を遠巻きに見つめる。
 阿部君は、そりゃすぐに怒鳴るし、声も大きくて迫力あるけど、間違ったことは基本的に言わない。
 阿部君の怒鳴り癖には、オレだって最初はビビったけど、オレの為だって理解できるとそんなに怖くはなくなった。
 きっとこの後輩に対しても、それが彼の為だと思うから、厳しくするんじゃないの、かな?

 どんどんヒートアップしてく言い争いを、ドキドキしながら見守って、練習着の胸元をぎゅっと握る。
 県大会まで、あと少し。数日後には抽選があって、来週にはもう試合だ。こんな言い争いしてる場合じゃないのに、口論が気になって、練習を続けられない。
「おーい、お前ら。練習中だぞ」
 キャプテンの花井君が仲裁に入って、話し声が3人分に増える。例の後輩は花井君にもわぁわぁ食ってかかってて、ちょっと怖いなぁと思った。
 阿部君の気持ち、彼にも分かって貰えたらいいのに、な。
 誰かが呼んできたのか、モモカンがこっちに走って来るのを見て、ちょっとだけホッとした。
「何事なの、練習中だよ!」
 キビキビした叱責が裏グラに響き、オレたちも練習に戻るよう、モモカンに厳しく促される。
「行こーぜ」
 田島君が防具を着け、オレを無人のブルペンに誘った。

 県大会まで、あと少し。チーム内でのささいな言い争いに、時間を削ってる場合じゃない。1球でも多く投げ、1球でも多く打たないと――。
 そう分かってるのに、阿部君たちの顛末がなんだか気になって仕方なかった。
「横暴なんですよ!」
 興奮しきった後輩の喚き声に、マウンドに立つ肩がびくっと揺れる。それはこれから起こる出来事の、前触れだったのかも知れなかった。

 間もなくモモカンに連れられ、阿部君と後輩の2人がグラウンドの外に出て行った。
「集合!」
 花井君がベンチの前で大声をだし、練習を止めて全員で集まる。
「みんな動揺してるかも知んねーけど、それは一旦忘れて、今は練習に集中な。監督が戻るまで、オレと栄口の指示に従ってくれ」
「はい!」
 内心を抑え、声を張り上げて返事するみんな。
「バッテリー陣は投球練習、その他は外野と内野とに分かれて交代でフリーバッティング兼守備練習30分。以上!」
「はい!」
 花井君の指示に、みんながダッと駆け足で散会する。さっきの口論を忘れるべく、いつもよりキビキビハキハキしてるみたい。
「ほら、お前もしっかりしろよ、エース!」
 田島君にバシッと背中を叩かれ、ゲキを入れられて「うん」とうなずく。
 彼がここに戻って来たとき、「何やってたんだ」って怒られたりしないよう、きっちり練習しようと思った。

 再び集合がかかった時、ベンチにはモモカンと阿部君の姿があった。
「黙ってても仕方ないから報告するけど、さっき大口君が退部届を出しました」
 途端にしんとするベンチ前、空気がどよんと重くなる。
 ハッとして阿部君を見ると、肩を落として苦い顔してて、大丈夫かなって不安になった。
「阿部君との口論もきっかけではあったけど、元々彼は野球部に、あまり馴染めないでいたみたいだね……」
 モモカンは困ったように顔をしかめ、けど、それ以上は何も厳しいことは告げないまま、おにぎり休憩に入るよう言った。
 いつもなら「わあっ」と盛り上がる休憩も、何だかビミョーな空気で気まずい。
「阿部先輩が……」
 こそっと何かを囁いてる、後輩の声にドキッとする。振り向いてそっち見ると、ギョッとしたみたいに顔を逸らされて、ますます不安な気持ちになった。

 おにぎりを右手に、牛乳の入ったカップを左手に、ぼうっとうつむく。ぱくっと食べると、おにぎりはいつも通り美味しくて、良かったと思った。
 お腹いっぱいになれば、きっと元気も出るし、ビミョーな空気もマシになるんじゃないのかな?
 阿部君も、おにぎり食べたら元気になる?
 さっきのうなだれた様子を思い出し、きょろきょろと周りに視線を向ける。けど、阿部君の姿はなくて、トイレかなって思ったけど、なんだかイヤな予感した。
 大急ぎでおにぎりを食べ終え、牛乳を飲み干して立ち上がる。
「三橋ィ、トイレかぁ?」
 田島君の問いに、笑って答える余裕もない。
 阿部君、阿部君。彼の姿を探して、用具室の方に回り込むと――。

「キミの気持ちは分かるけど、怒鳴るんじゃなくて、もっと冷静に。感情を抑え、言葉で伝えるようにしなさい」

 モモカンの厳しい声が聞こえて、飛び上がるくらいドキッとした。
「阿部君が悪いって言ってるんじゃないよ? 正しいことを言ったと思うし、先輩として注意するのは当然だね。でも、だからって一緒に怒鳴り合いしてどうするの」
「……すみません」
 阿部君の力ない謝罪に、ズキッと胸の奥が痛む。
「分かったら、この話はもうおしまい。さあ、気持ちを入れ替えて、楽しい気分で練習するよ!」
 明るい声で言って、パシッと阿部君の肩を叩くモモカン。
 けど、いつもなら「はい!」ってキビキビ返事するハズの阿部君は、力なくうなずくだけだった。
「感情のコントロールは、野球にも役立つからね!」
「はい」
 覇気のない返事に、ドキッとする。肯定っていうより、話を終わらせようとしてる返事に聞こえて、なんだか居たたまれなくなった。

 そんな阿部君の姿、見たくないって思ってしまうのは、オレが彼をこっそり好きでいるからだ。
 元気出して欲しい。顔を上げて欲しい。背中を真っ直ぐ伸ばし、堂々とホームに立って、張りのある声で呼びかけて欲しい。
 真夏の青空みたいに爽快で、力強くてイキイキ楽しげな阿部君。力なくうなだれる彼だって、勿論阿部君の一部だけど、やっぱ彼は光の下にいるのが似合う。
 早くいつもの調子を取り戻し、オレと楽しく野球して欲しいなと思った。

(続く)

[*前へ][次へ#]

18/29ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!