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Season企画小説
ジムランナーU・3
 ベンチに座って一休みしてる内に、なんでか義理チョコを3つも貰った。
 1つは、通い始めたばっかの頃からの知り合いの、高橋姐さん。後2つも同様に、知り合いからのバラマキだ。
「阿部くーん、はい、バレンタイン」
 いつも通りのハスキーな声で、にこやかに渡してくれたけど、同じく「三橋くーん」つって渡してた箱の方が、遠目にも明らかにデカかった。
「もっと嬉しそうにしてよぉ」
 「どーも」つって無感動に受け取ると、陽気に笑いながら文句言われたけど、あからさまな義理チョコ貰ったって、大袈裟には喜べねぇ。
 つっても、本命なら嬉しいのかっつーとそうでもなかった。好きなヤツから以外、何を貰っても意味がねぇ。
 無理なのは分かった上で敢えて思うけど、ジム内でのチョコのやり取りなんか、いっそ禁止してくれりゃいーのに。
 ……帰るか。
 飲み終わったスポドリをゴミ箱に入れて、シャワールームに行くべく立ち上がる。
 5階に行って戻るまでの間に、更に義理チョコを2個貰ったけど、顔も名前も知らねぇような女だったから、正直なところ戸惑った。

 会社の先輩は、義理すら貰えねーと寂しいっつってたけど、義理ばっか10個近く貰っても、逆に空しいもんなんだな。
「阿部君、モテそうだもんね。今日何個貰った?」
 高橋姐さんににこにこと訊かれたけど、義理ばっか貰ったって、モテの指標にはならねーだろう。
 その点、三橋が貰うのは義理ばっかじゃなさそうで、考えるだけで胸やけがする。
 ロッカーから荷物を取り出して受付に向かうと、ちょうど三橋がカウンターに寄ってて、貰ったチョコを預けてた。
「あっ、阿部さん。お帰りですか? お疲れ様です」
 カウンターの中に立ってた女性スタッフが、にこやかに声をかけてくれる。

「バレンタインですから、良かったらどうぞー」
 カゴに盛られたチョコを勧められ、「はあ」つって1個取ると、「甘くないんですよー」ってまた言われた。
「三橋さんはこれ、好きですよね」
 女性スタッフに話を振られ、三橋が「……かな」と曖昧にうなずく。それ、肯定になってねーだろ。さては苦手な味だったか?
 ふっと口元を緩めて三橋を見ると、目が合った。
「今日……」
「あ、明日……」
 互いに言いかけて、セリフが重なり、口ごもる。
 明日、何? 三橋からの5年ぶりの誘いの予感にドキッとした。けど残念ながら、その先を聞くことはできなかった。

「あの!」

 オレと三橋の間に割り込むように、リボンのついた赤い箱持った女が声を掛けて来て。
「これ、貰ってください!」
 そう言ってオレに、それをぐいっと差し出した。
「……は?」
 一瞬意味が分かんなくて、ぽかんとしちまったのは仕方ねーだろう。
 なんでオレに? 差し出すべきは三橋じゃねーの?
 けど、パッと見で義理じゃなさそうなのは箱の大きさでも予想できて、そんなの三橋に渡して貰いたくねーから、リアクションに困った。
 思わず三橋に目を向けると、三橋もぽかんと女を見てる。
 固まったままだったオレらに声を掛けたのは、カウンターの中にいた女性スタッフだった。

「さっすが阿部さん、モテモテですね〜。何個目ですかぁ?」
 冗談めかした声で明るく言われ、「ほらほら貰って」と促される。
「ああ……どーも」
 ぼそりと礼を言いながら赤い箱を受け取ると、女はぺこりと頭を下げて、ダッと走って逃げてった。
「三橋さーん、すみませーん」
 フロアの方で大声で呼ばれ、三橋が「は、い」と振り返る。
 ちらっと視線を向けられた気がするけど、それ以上受付前で突っ立ってる訳にもいかなくて、オレはチョコの箱をカバンの中に放り込んだ。
「深刻に取らない方がいーですよ?」
 カウンターの中から苦笑されて、「ですよね」とうなずく。
 三橋以外と付き合ったことのねぇオレは、圧倒的に経験不足だ。どこまでが遊びでどこまでが本気かの区別がつかなくて、正直戸惑う。ゲームみてーな恋愛には縁がなかった。
 三橋は……どうなんだろう?

 今日飲みに行かねーかって、誘いたかったんだけど仕方ねぇ。
 オレは仕事帰りのオフだけど、三橋は今も仕事やってる真っ最中だし。仕事の方が優先で当然だ。つーか、無視してる訳じゃねぇって分かってるだけマシだろう。
 未練を振り切るようにジムを後にして、まっすぐ階段を降り、改札を抜けて電車に乗る。
『あ、明日……』
 三橋はさっき、何て言おうとしたんかな?
 明日?
――明日、会えるか?――
 電車に揺られながらメールを送り、ケータイをコートのポケットに突っ込む。
 帰り際、弁当を買いに寄ったコンビニもバレンタイン一色で、本番はまだだっつーのにうんざりした。

 オレの目の前で、三橋にチョコなんか受け取って欲しくねぇ。けど、三橋の目の前でさっきは受け取らざるを得なくて、すげーノドに引っかかる。
 インストラクターに憧れる気持ちは分かんなくもねーし、まだいいけど。いや、よくねーけど。でも、客同士でチョコ貰う方が、断然アウトだろうと思う。
 深刻に取らねぇ方がいいっつったって。どうすりゃよかったんだろう?
 三橋は気にしたかな? オレならイヤだ。
 あんま気にしてなきゃいいと思う反面、どうでも良さげにされてると、それはそれで寂しいモンがあるし、複雑だ。
 考えれば考える程テンションが下がって、オレが悪いんじゃねーと思うのに、罪悪感にかられた。
 三橋がよく使う、「禁止されてます」なんて断り文句は使えねぇ。
 客とスタッフの恋愛は禁止されてるけど、客同士は禁止されてねーし。告白すんのも自由なら、振るのも自由だ。恋愛ごっこを楽しむのも自由だ。
 あの場で「いらねー」って言うべきだったか? けど、それであの女が気まずくなったからっつって、ジムを辞めたら――?

 ……そんなのオレの知った事じゃねぇ。
 知った事じゃねーけど、でも、あのジムは三橋の職場で。だから、バカバカしいことでイヤな思いをしたくねーし、させたくもなかった。

(続く) 

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