Season企画小説 ギャップW・3 ネットのマップで下調べしたから、道順や場所は分かってた。 タワーマンションだってコトはもう分かってたし、コンビニからも見えてるし、「スゲーなぁ」とか、「景色いーんだろーな」とか、考えてたんはそんくらいだった。 けど、実際にエントランスまで入ったのは初めてで……なんつーか、「えっ?」って感じのショックを受けた。 何だコレ、ホテルか? 床も天井もピカピカで、テーブルやソファが並んでる。ロビーの奥、自動ドアの手前にはカウンターがあって、スタッフが2人も。 あれ、コンシェルジュっつーんかな? 声掛けるべき? 「3201号室のレンさんに会いに来ました」って? それって余計怪しくねぇ? ロビーの中は寒くなかったけど、コートの下は量販品のセーターにジーンズで、脱ぐのもちょっとちゅうちょする。 こんな……思いっ切り普段着で、コンビニのレジ袋ぶら下げて……何も考えてなかったけど、オレ、場違いじゃねーか? 一旦そう思っちまうと、もうズカズカ進んで行くような勇気も出ねぇ。かといって、このまま帰ったりはできねーし。手近なソファに座って、ケータイを取り出す。 アドレス帳からレンのデータを呼び出して、思い切って電話を掛けると――。 『も、もしもしっ、阿部君っ?』 少し上ずったレンの声がして、それ聞いてちょっと、緊張が抜けた。 「おー、オレ。今、エントランス入ったとこなんだけど」 そう言うと、レンが『今、行くっ』つって、返事する間もなく通話が切れる。 「今行く」って、わざわざ降りて来んのかな? 32階から? まったくアイツのやる事って、いちいちオレの予想を超える。 けど、緊張がちょっとほぐれたお陰で、周りを見回す余裕もできた。 このソファは待ち合わせにでも使うんかな? ソフトドリンクの自販機もあって、いい雰囲気だ。 天井が高い。 灰皿がねーのは、雰囲気づくりの為なんだろうか? 禁煙? そんなことを考えながら、さり気なく視線を巡らしてると、奥の自動ドアが音もなく開いて、ロビーにレンの声が響いた。 「阿部君っ」 ハッと立ち上がったオレの元に、レンがタタタッと駆け寄って来る。 満面の笑顔だ。 薄手のパーカーにネイビーのパンツ、サンダル履きってラフな格好だけど、脚が長いせいなんか、パンツの丈が足りてなくて、足首が見えてんのがエロい。 ペンダントも何も着けてねぇ、無防備な襟元もエロい。 「バイト、お疲れさま」 レンはそう言って、じわっと顔を赤くした。 人が――コンシェルジュが見てんだろ、っつーのに、ぐいっと手首を掴まれる。 「い、行こ」 って。 照れたように言う様子も、可愛いけどエロい。 オレを連れたレンは、慣れた様子でタッチパネルを操作して、自動ドアを開けて中に入った。 静かに礼をするコンシェルジュに見送られつつ、一緒にドアを抜け、エレベーターに乗り込む。 ボタンが多過ぎてよく分かんねーけど、一番最後が54って書いてあったから、54階まであるんだろう。 エレベーターん中もピカピカで、着いた先もピカピカだった。やっぱホテルみてーだ。フロアには足音がしねーよう、グレーのカーペットが敷かれてる。 表札なんかは出てなくて、ドアの色はちょっと茶色みの強いこげ茶だ。 レンはちゅうちょなくそのドアを開け、「どうぞー」とオレを中に入れた。 入ってまず目についたのは、壁一面のシューズラック。飾りつつ収納するってのはいーけど、とにかく靴の数が多い。 モデルだからか? ブーツだけでも5足くらいあって、全部種類が違うみてーだ。 ただ、普通のスニーカーやビーチサンダルも混じってて、それ見てちょっとホッとした。 狭い廊下には幾つかドアがあったけど、レンは全部素通りして奥の部屋に入ってく。 通された先は、広いリビングダイニング。 チョコレート色のダイニングテーブルも、イスも、カウンター越しに見えるキッチンも、何もかもスタイリッシュっつーか、格好いい。 奥のデカいソファは赤で、でも浮いてないのが不思議だった。 「派手なソファだな……」 入り口に突っ立ったままぼそっと言うと、「うお」とレンが振り向いた。 「あ、あれ、ね、前に撮影に、使ったんだ、よ。そんで、ね、寝心地良かった、から、安く買い取り、させて貰った」 「へー、撮影か」 感心したように相槌打ってやると、レンは嬉しそうに笑って、「ね、寝てみる?」と言った。 寝る、って!? 「は……?」 ギョッとしてドキッとしてレンの顔をバッと見ると、レンは嬉しそうにニッコニコ笑いながら、オレに片手を差し出した。 「こ、コート、掛けるよー」 って。もう片方の手には、ハンガーが持たれてる。 今の何だったんだ? 空耳か? 「あ、ああ……」 曖昧にうなずきながらコートを脱ごうとして、ふと右手のレジ袋を思い出す。そういや、土産持って来てたんだったか。 「これ、店のでワリーけど」 そう言ってレンに差し出すと、レンは「ふえっ」と色気のねぇ声を上げて、レジ袋を受け取り、中を覗いた。 「うわ、2つ、も! し、新商、品?」 レンは嬉しげに目を見開いて、それからオレに視線を戻し、ニカッと笑った。 「ありが、とう!」 って。 そんな、礼言われるような値段じゃねーし。バイト先のだし。もっと考えて、マトモなモンを買えばよかった。 「や、ゴメンな、安いので」 ぼそぼそと言いながら、コートのボタンに手を掛ける。 チョコにかける値段と愛情の量は、比例すんじゃねーかとか言ってたくせに。400円もしてねーんだけど、それってどうなんだ? 「しかもオレ、思いっ切り普段着なんだけど」 言いながらコートを脱ぐと、レンはそれを受け取ってラックに掛け、ふひっと笑った。 「お、オレなんか、スウェット、だっ」 そんな言葉とともに、ぺろんとパーカーの裾がめくられる。 へぇ、パッと見、そうは見えなかったな……とか考えてる場合じゃねぇ。 紐で絞られたウェストの、その上にちらっと覗く腹が白くて、マジ、色っぽくてヤバかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |