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Season企画小説
短冊の衝撃 (2012七夕・高2・なれそめ)
――三橋君と毎日目が合いますように・byなっつ

 そんな短冊を発見したのは、ほんの偶然のことだった。
 場所はっつーと、休養日だっつーのに買い物に付き合わされた大型スーパーの、入り口にあるイベントコーナー。
 空きスペースの壁面が、でかい笹飾りのイラストになってて、そこに客が短冊をぺたぺた貼っていってるらしい。
 横に並んだ会議机の上に、短冊に切った色紙とマジックとセロハンテープが置かれてて、「ねがいごとをかこう」ってひらがなで書かれてた。

 こんなん書くの、子供ばっかりなんだろうと思って見てみると、意外にも大人の字の方が多い。
 「家内安全」とか、「健康第一」とか……標語かってくらいの願い事もあれば、「おじいちゃんのケガが早く治りますように」みてーな願い事もある。
「タカ〜、ケーキ買って来るから〜」
 つって母親に荷物持たされて、待ってる間に暇だから、何となく短冊を眺めてて。そんで、見付けたんだ。

――三橋君と毎日目が合いますように・byなっつ

 ドキッとした。
 いや、三橋なんて名字は、ありふれてるって訳でもねーけど、そう珍しくもねーし。ここに書かれてる「三橋」が、オレの知ってる「三橋」だとは限らねぇ。
 限らねぇけど……ドキッとした。
 何でかっつったら、そりゃオレの願い事と一緒だったからだ。

 三橋は、高校の野球部でオレがバッテリーを組んでるエース投手だ。
 普段はドモリがちでキョドリがちで、ちょっとの大声にもビクッとしちまう、ノミの心臓の持ち主。
 けど、一度マウンドに立ちボールを持つと、立派にチームの要になれるヤツ。
 中学時代のイジメのせいか、それとも生来の人見知りのせいなんか、人と目を合わすのが苦手らしい。去年会ったばかりの頃なんて、まるで会話にもならなかった。
 それでも夏を経て、秋・冬・春と一緒に過ごす中で、随分普通になったんだ。

 今じゃもう、オレの大声にもそう怯えねーし、話しかけりゃ返事するし。たまにだけど、目だって合う。
 そりゃ、毎日とはいかねーけど……でも、あの大きな琥珀色の瞳にオレが映り込む瞬間が、何となくだけど好きなんだ。

 はあ、とため息をついて短冊を眺める。
 ちょうど目線の高さに貼られてっから、余計に目につくんだろう。
 手を伸ばしてここに貼るとしたら、そんなに身長高くねー女かな。やっぱ、高校生くらいか……なんて、考えても仕方ねーけど。
 無理矢理視線をそれから外し、気晴らしに他の短冊を眺める。
 「結婚したい」、「地球平和」、「通知表から1が消えますように」……。ふざけてんのか真剣なのか、よく分からねー願い事が並ぶ。
 苦笑しながら眺めてたら――「あ」。思わず声が出た。

――三橋君が甲子園に行けますように・byなっつ

 甲子園。その単語に、またドキッとした。
 甲子園目指してる「三橋」って、この近辺にそうはいねぇ。
 じゃあやっぱ、この「三橋」はあの「三橋」か? 三橋廉なのか? じゃあ……この「なっつ」ってのは誰なんだ!?
 夏原? 夏目? いや、名字とは限らねぇ。夏美とか千夏とか……いや、それだって夏って漢字使うとは決まってねぇし。
 誰だよ? 「なっつ」って誰だ?
 三橋に訊いたら分かんのか?

――三橋君が振り向いてくれますように・byなっつ

――三橋君に思いが伝わりますように・byなっつ

――三橋君が私に笑ってくれますように・byなっつ

 同じ筆跡の短冊が、よくよく見れば同じくらいの高さに貼られてて、見たくもねーのにオレの視界を占領した。
 どんな思いでこれを書いたんだろう、とか。想像してゾッとする。
 こんな、人目につく場所に貼るってのは、決意表明のつもりか? それとも自己顕示欲の現れか?
 それとも。
 三橋の目に留まればいいのにとか、思ってる?

 いや、三橋だけじゃねぇ。野球部の誰かがこれを見たら、短冊のことあいつに教えちまうかも知んねーし。
 部のヤツだけじゃなくて、学校の誰かに見られれば、噂になっちまう可能性もあるだろう。
 噂になれば――願い事の1つ、「思いが伝わりますように」ってのは、叶っちまうんじゃねーか? そしたら、残りの願い事も、叶う可能性高くねーか?
 優しくて優柔不断なあいつが、女からの告白、簡単に断れるとは思えねーし。
 野球第一だからって、引退までは付き合わねーとしても、両想いにはなれちまう。なれちまうんだ。

 三橋の隣に……女が?

 想像したら、鳥肌が立った。
「お待たせ〜、荷物車まで運んでね〜」
 ケーキ箱持った母親に促され、大荷物持って駐車場まで歩いてる間も、三橋と「なっつ」のことが頭から離れなかった。
 家に帰ってからも、自分の部屋に籠ってからも、ずっとその想像に支配された。
 ムカムカした。
 気分悪ぃ。なのに、考えずにはいらんなかった。だって、有り得ねぇ未来じゃねぇ。
 相手が「なっつ」じゃなくたって、いつか三橋も、女と付き合うようになるんだ。

 冗談じゃねぇ。
 よくワカンネーけど、冗談じゃねぇ。
 三橋の横に立つのはオレだ。
 オレのハズなんだ。

 ドタバタと階段を下りると、台所から母親が顔を出した。けど、何か言われる前に「ちょっと出てくる」つって、玄関を出る。
 休養日じゃなけりゃ、まだまだグラウンドで汗かいてる時間。夏空は西の方にオレンジが差して、けどまだまだ日没には遠い。
 自転車に乗り、坂を下り、オレは夢中で三橋の家を目指した。
 なんであいつん家に向かってんのか、自分でもよく分かんなかった。行ってどうすんのか、どうしたいのかも分かんねぇ。
 ただ、顔が見たかった。

 息を切らして呼び鈴を鳴らしたオレを、三橋はキョトンとした顔で家に入れた。
「ど、どうしたの? 忘れ、物?」
「いや……」
 息を整えながら、考えを巡らせる。けど、それらしい言い訳も何も思いつかなくて、オレはバカみてーに単刀直入に訊いた。
「短冊、見たか?」
 三橋は、反射的に「うん」とうなずいて……それから首をかしげて「た、短冊?」と訊き返す。

 ああ、こいつ分かってねぇ。
 いつもならムカつく場面なのに、脱力するくらいホッとする。
 今の三橋の頭に「短冊」なんて単語は無くて、それはつまり、まだあの短冊を見ても聞いてもねーか、知ってても気にしてねーってコトだろう。
 間に合った。

「阿部、君?」
 琥珀色の大きなつり目が、しっかりとオレを映してる。
「短冊って何、だ?」
 不思議そうに言われたけど、「なっつ」のこと話してヤブヘビになんのはイヤだったから、もう黙っておこうと思う。代わりに、思いつきで訊いてみた。
「お前なら願い事、何て書く?」
 すると三橋は――。

「ぜ、『全部勝つ』って書く、よっ」

 鼻息荒く、そう言った。

 全部勝つって――そりゃ願い事じゃねぇ、決意表明だろう。
「ははっ」
 あー、こいつ、そういうヤツなんだ。「勝ちますように」なんて願わねぇんだ。自分で勝ち取るヤツなんだ。
 勿論、オレもそうだけど。
 バカだ。

 オレは衝動的に、目の前の三橋を抱き締めた。
「うおっ」
 色気のねー声が、耳元をくすぐる。
 投手としてはまだ細ぇ体。でも、闘志はみなぎってて。頼もしくて。
「好きだ」
 気が付いたら、自然に口に出していた。

「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、三橋」
 気の済むまで「好きだ」って繰り返したかったけど、返事を聞きたかったから、腕を緩めて顔を覗き込む。
「オレなら、『三橋がオレだけを見ますように』って書くよ」
 しっかりと目を合わせてそう言うと、三橋は真っ赤な顔で「うひっ」と笑った。

「か、書かなく、ても、オレ、阿部君しか見ない、よっ」
 そう言う三橋の笑顔に、やっぱ色気なんかはなかったけど――。
「好きだ」
 オレはもっかいそう言って、三橋を腕に抱き締めた。

  (終)

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