Season企画小説
Blue (2012エイプリルフール・悪夢・女装注意)
この恐怖に終わりはない。
いつまでも永遠に続く悪夢。
終わらせるための方法は、多分だけど、たった2つ――彼が死ぬか、自分が死ぬか。
ふと、カツ、カツ、という靴音を聞いて、心臓がギュッと縮んだ。
彼、だ。
「ひっ」
声なき悲鳴を飲み込み、素早く路地裏に身を隠す。
カツ、カツ。カツ、カツ。
革靴の音が、ゆっくりとこっちに近付いて来る。
決して走らない足音。
余裕すらある、憎らしい音。
彼は走らない。決して走らない。いつでも逃げられると思うのに――どうしてこんな、追い詰められてる気分になるんだろう。
居ても立ってもいられない。
逃げなきゃ!
恐怖に震える足を叱咤して、力を振り絞って走る。逃げる。
履きなれない靴のせいで、全速力で走れない。
でも、靴を脱ぐために止まってしまえば、そのわずかな隙に、追い付かれるかも知れない。
怖い。
もっと怖いのは、着ている服だ。
忌々しい、裾の長い服。
両手で掴んで持ち上げなければ、踏ん付けて転んでしまいそう。
どうしてこんな、走りにくい靴をはいてるんだろう?
――それは、走るための靴じゃないから。
どうしてこんな、逃げにくい服を着ているんだろう?
――それは、逃げるための服じゃないから。
じゃあ何のため?
何のため?
無理矢理着せられたんじゃない。確かに自分はこれを選び、喜んで袖を通したハズなのに。
どうして今、ためらってるの?
何を今、恐れてるの?
カツ、カツ。カツ、カツ。
彼の足音が近付いて来る。逃げても逃げても、追い詰められる。
今は朝? それとも夜?
一体何日逃げてるの?
一体誰から逃げてるの?
怖い。怖い。捕まったら最後、きっと自由を奪われる。
支配される。
繋がれる。
「三橋」
彼が名前を呼ぶ。
「逃げても無駄だ」
冷酷な宣言。
「イヤ!」
オレは叫んで、身をひるがえした。
走る。走る。路地を抜け、角を曲がり、彼から必死に遠ざかる。
足が重い。ヒールが痛い。
ドレスの生地を両手で掴み、裾を持ち上げて、走る。走る。
カツ、カツ。
彼の足音が真後ろで響く。
ウソ、あんなに走ったのに?
半狂乱で角を曲がって、絶望に大きな息を呑む。
「行き止まり……ウソ……」
目の前には高い塀。
でも、ああ、塀の向こうには青空が見える。
青空が。そう思った瞬間、駆け出していた。
ヒールもドレスも、気にしない。地面を蹴り、壁を蹴って、塀の上に両手を突く。
外だ!
けれど、その瞬間、バランスが崩れた。
「わあああああっ」
大声で叫びながら、ギュッと目をつむる。
地面に激突するだろう、その衝撃を覚悟して。
だけど――。
ガシッと、たくましい腕が、オレの体を受け止めた。
「おっまえ、気を付けろよな」
大好きな優しい声に目を開くと、大好きな優しい顔が、オレを覗き込んでいた。
「阿部君」
白いタキシードに身を包んだ阿部君が、「んー?」と優しく返事した。
ほっとする。もう大丈夫。この腕の中は安心だと知っている。
幸せに目を閉じれば、優しいキス。
誓いのキス。
けれど。
「さあ、行こう」
阿部君の手を借りて、立ち上がったオレが見たモノは――彼が指差す先の闇。
ひっと息を呑む。
全身の毛が逆立った。
信じられない思いで、彼の顔を見る。
「三橋」
阿部君が、カツンと革靴を鳴らした。
「イヤ!」
オレは首を振って、走って逃げた。
「どこへ逃げんの?」
阿部君が言った。
カツ、カツ。白い革靴の音がする。
この恐怖に終わりはない。
捕まればきっと、自由はない。
死が2人を別つまで、いつまでも永遠に続く悪夢。
タキシードの彼が追う。
リンゴンと鐘が鳴る。
純白のドレスを身にまとい、オレはどこへ逃げるのだろう?
(終)
※Blue・・マリッジブルーですね。
え、エイプリルフール記念? そんなのはウソです。
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