Season企画小説
再生の部屋・7
ベッドに横になってから、1時間くらい寝たんだろうか。
ちょっと前から、何度かピンポン鳴ってんのには気付いてた。けど、酔ってるし、ダリーから無視してた。
ごろりと寝返りを打つ。
そしたら、しばらくしてカチャン、と扉の音がした。
ああ、隣の住人かと思う。
けど、おかしーな。新調したセミダブルを置いたこの部屋は、外側に面してて、隣の音なんか聞こえねーハズだけど。
上の住人か。それか、夢か。
はっ。自分でも起きてるか寝てるかワカンネーって。だいぶ酔ってんな。
「あ、べくん……」
三橋の声がする。やっぱ夢か。三橋がここに来るハズねーし。
もう、オレの名を呼ぶこともねーだろーし。
夢だ。くそ。
「お、オレ、ずっと自信、なくて。阿部君、は、同情と責任感、で、一緒にいてくれるだけ、だと思えて、仕方なく、て」
夢だっつーのに、三橋はリアルに、すんっと鼻をすすった。
「一緒に住め、ば、元通りになれる、て、阿部君が思ってるの、知って、た。だから、一緒、住もうって、言ってくれてる、て。でも、オレ、怖い……」
「何が怖ぇーんだよ?」
かすれた声で問い返したら、三橋の嗚咽が酷くなった。
リアルすぎて夢じゃねーと悟って、ようやく目を開ける。こっからは見えねーけど、確かにそこにいる。
三橋が。
「一緒、住んで、も、元通、り、ならな、いかも、知れ、ない、の、怖い」
と、三橋が。嗚咽混じりの、酷いブツ切りな言い方で、ウソついた理由を話してる。
怖いって。
怖くて、始めらんねーって。
終わりを見んのが怖いって。
あー、一緒だな、と思った。
泉や田島と会った時、聞かされた話と一緒だ。
別れようっつって、もし「そうしてくれるか?」って言われたら、ショックで立ち直れねーとか。
別れようって言われるのも、言うのもイヤだとか。
傷つきたくねーとか。
だから、自然消滅させるんだ、とか。なんでそうなるんだよ?
『別れない、って言われんのもイヤなんかよ?』
あん時感じたもどかしさ、そっくりそのまま、三橋に返す。
「元通りになんのも怖いんかよっ?」
身を起こすと、部屋の入り口で立ち尽くしてた三橋と目が合った。
ぼろぼろと泣いていた。
「自、信、ない……」
その自信を――根こそぎ奪ったのは、オレか。
「オレの気持ちも信じらんねーの?」
信じらんねーのか。もう。
くらっとめまい感じたけど、我慢して床に降りる。手を伸ばしたら、ひっと三橋が身を竦めた。
グサッときたけど、構わず抱き寄せて、抱き締める。
何度抱き締めて、キスして、「好きだ」って言ったら、分かってくれるんだろう。
自信持っていいって。
オレをこんな情けなくできるヤツ、お前しかいねーんだって。
好きだって。
「どうすりゃ分かってくれんだよ?」
びくん、と跳ねる肩を、逃がさねーようきつく抱いて、唇を重ねる。舌をねじ込み、絡ませ、強く吸う。
「ん……」
かすかな甘い声に、ぞくっとする。
腕の中で身じろぎすんのが、たまんなく愛しい。
酔ってるせいかな? 無茶苦茶にしてぇ。
言って分かんねーなら、言葉なんていらねー。無理矢理押さえつけ、ただ従わせりゃいいと思う。
……犯してやる。
体に刻み込んでやる。思いも。苛立ちも。愛も。
「やっ」
ベッドの上に突き飛ばすと、三橋が悲鳴を上げた。
覆いかぶさると、目を閉じて顔を背ける。ひう、と息を呑む音。震えてる。
怖がってる。
セーターの下から手を差し込むと、ひときわ大きな声で、「やだっ」と言われた。
差し込んだ手をぐいっと押しのけ、イヤイヤと首を振りながら三橋が抵抗する。
オレを拒んでる。
「怖い」
怖い、なんて。
そんなの恋人じゃねぇ。家族でもねぇ。奥歯噛み締めて、押さえつけた手を緩める。
けど、オレが顔を背けるより先に、三橋が「ごめん」と言って泣いた。
「ズルく、てゴメン。怖い。がっかりされ、る、の、怖い。オレじゃダメ、て、思われるの、怖い、んだ」
意味が分からなかった。
がっかりなんかする訳ねーだろ。
たった今、無理矢理犯そうとしてたっつのに。ダメな訳ねーだろ。
眉をひそめて黙ってると、三橋が起き上がりながら更に言った。
「お、オレ、が、がっかりされる、から、えっちしたくない。えっちないの、は。オレが、拒んでる、から、だって。思いたい。ごめん、なさい。オレ、オレ、もう……」
「拒まれるのが怖い、んだ」
(続く)
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