Season企画小説 狂おしくキミを恋う(Side A) 4 オレは花井の持つダンボールを抱え込み、奪い取って床に放り投げた。 「おい……!」 花井が抗議するけど、構っていらんねー。 「オレは納得できねぇ! まだ別れ話もしてねーのに、簡単に別れるなんてできねぇ!」 例え、オレに非があったとしても。それは言ってくれれば、改めることだってできんじゃねーか。 「三橋と話す。悪かったって謝る。まずはそれをさせてくれ!」 「あー。まあなぁ。オレとしては、話し合いもありかって思うけどさ……」 花井が、ためらいながら言った。 けど巣山は、冷たく吐き捨てた。 「往生際悪ぃぞ。みっともねー」 その言い方にカチンとくるけど、歯を食いしばってやり過ごす。 「上等だよ。オレは別れる気ねーんだよ」 けど、巣山は言った。冷たく。 「三橋はもう、前向いてんぞ」 え、前を向くって……どういう意味だ? 眉をひそめたオレに、ため息をついて、花井が言った。 「あんなぁ。オレ達ホントはさ、お前らのこういう関係、どうかと思ってたんだ」 「は?」 何を今さら? もう3年になるっつーのに? 「それでもまあ、三橋がいいんならって、静観してたんだよ」 「けど、今回のこれでハッキリ分かった。やっぱムリだ。三橋のためにも、今、別れろ」 花井の次に、巣山が言った。 ダンボールを一旦置き、二人並んでオレに向き合う。 「三橋は、プロ目指してんだろ」 「ああ」 勿論知ってる。だからオレはあいつの側で、力になれるよう支えてやりてーと思ってる。 「プロになったら、衆目を引く。今だって充分人気あるんだ。マスコミに狙われる。プライバシーを暴かれる」 「ああ?」 そんな事は解ってる。ある程度は仕方ねー。プロでやってくにはスター性も必要だ。今はルックスとか、仕草なんかで騒がれてっけどさ。それでプレイにも注目されれば、オレだって嬉しいし、誇らしい。そんなあいつの活躍を間近で見たい。支えたい。 「だから、お前の存在は、三橋の足枷になるんだよ」 オレは、あいつの側で。 支えてやりたい、と………。 ……え? 足枷、って、何だ? 「三橋が男と付き合ってるとか、バレたら困んのは三橋自身だろ」 「社会的に許される関係じゃねーんだよ」 「お前らホントはノーマルじゃねーか」 「そろそろ普通の恋愛させてやれ」 「お前の勝手で、三橋を縛るな」 「ドラフト控えて、三橋は今年が正念場だろ」 「お前のことで、今後調子崩したりとか、困んだろ」 「三橋が別れるって言うんなら」 「お前はそれに従うべきだ」 花井と巣山の言葉が、次々オレに突き刺さる。 オレは反論できねーで、それを聞く。 足枷って何だ? オレは一体何だったんだ? 足に力が入らねー。体がグラグラしてるって、自分でも分かる。 最後に、巣山が言った。 「身を引け」 身を引くって……何なんだ? 二人が出てった後、オレはフラフラと、三橋の部屋の中に入った。 すっかりガランと片付いて、ベッドと本棚とローテーブルしか残されてねぇ。 ローテーブルの上には、何かがごちゃっと置かれてる。三橋が並べたのか? 置いてったのか? 近付いて、一つ手に取って……その正体に気付く。 数学の要点ノートから、オレと揃いの財布まで。オレがやったものや、一緒に買ったもの……全部、だ。 映画の半券、これ、いつ行ったやつだ? オレならゴミだって捨ててんぞ。こんなん大事に持ってやがって。 古いジーンズもパジャマも、もう小さくなって着れねーんだろ。ならゴミだろ、捨てとけよ。靴下とか……オレはもう捨てたぞ、古くなったから。じゃあ揃いですらねーだろ、バカ。こんなん大事に持ってんなよ。 ペアで買った食器とか……ママゴトみてーな事したよな。けど、これはまだ使えんだろ。食器棚に入れとけよ。 ああ、これ、この招き猫。三橋そっくりの情けねー顔、初めて初詣行った時のか。まだ持ってたの、あいつ。 タータンチェックのマフラー。これ、高3のクリスマスだったな。初めての恋人へのプレゼント、オレ、何時間もショッピングセンターうろついてさ、一つに決めんのスゲー迷ったんだぜ。 ユニクロのセーターも置いてある。ユニクロは便利だねって、いつかお前言ってたな。お揃いだろうが色違いだろうが、ユニクロってだけで許される。かぶったって言い訳できるって。 そんな事気にすんのお前だけだって、笑ったっけ。なあ、もうオレとお揃い、着てくんねーの? そして。 なあ、三橋。なんでこれまで捨ててくの? オレのミット。 「ふ、………」 オレとの野球も捨てるのか? この恋が間違いだったとしても。なあ、三橋。 オレとの野球も、間違いだったか? 「く……そっ………」 息ができねえ。前が見えねえ。 ミットの上に、涙が落ちる。 ああくそ、拭かなきゃ。手入れしなきゃ。 いや、もうそんな必要ないんだっけ。 捨てられたんだ、このミットは。 カスみたいな思い出と一緒に。 「三橋………」 これ、チョコレート。 これもゴミなんだな。よく判った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |