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Season企画小説
再生の部屋・6
 ウソだと分かってみりゃ、思い当たるコトは色々あった。
 引っ越し当日に、急に仕事が入ったとか。
 そのくせ、寝癖だらけだったとか。
 こっちに来いっつーと気のねぇ返事で、そのくせ「今から行く」と言うと……大慌てで。
 あの夜。ぎゅーと抱き付いて来たのを思い出す。罪悪感からか、と感じたのは間違いじゃなかった。

 あの時すでに、ウソをつかれてた。

「ご、め…な、さ……」
 その言葉はもう、何度も聞いた。
「なんで言わねーんだよ?」
 聞きてーのは別のことだ。
「一緒に住みたくねーって、なんで言わねーんだっ!」
「ち、がっ」

 オレの後ろで、三橋がひくっとしゃくりあげた。ぶんぶんと首を振ってんの、気配で分かる。
「ごめ、なさ……」
 謝って欲しい訳じゃねぇ。
「オレと一緒は、もうイヤか?」
「ちがっ」
「違うなら、何なんだ!?」
 訊いたって、答えねーくせに。

「オ、レ、あ……」
 くいっと上着が引かれる。けど、もうそれすら、わずらわしい。
「放せっ!」

 オレは三橋の手を振り払い、冷たく言い捨てた。
「もういい」
 きびすを返し、玄関に向かう。
 そしたら、さっきは気付かなかった。靴箱の上に、見覚えのある紙袋!
 オレのやったクッキーは、開けられもしねーで、こんなとこに置きっぱなしになってたと知る。

「くそっ!」

 腹立ちまぎれにそれを掴んで投げ捨てると、丸い缶と一緒に何か、チャリンと音を立てて床に落ちた。
 この前渡した、新居の鍵だった。
 これ渡した時、そういや全然嬉しそうじゃなかったよな、お前。
「……ふっ」
 そうか、いらねーのか。
 気持ちも、家も。オレも。
「こんな、物っ……!」
 かかとで踏みにじると、固い金属の感触がした。

「お、お、オレ、オレ……」
 ふぐふぐと泣き声がする。腕を引かれる。
 けど、振り向きざま睨み返してやると、三橋はギョッとしたように手を緩めた。
 呆然とオレの顔見てんの分かったから、引かれた腕を振り払って、さっさと扉の外に出る。

 なんでそんな、驚いた顔するんだよ。
 ――オレが泣いたら、おかしーか?


 駅のトイレでざぶざぶ顔を洗い、袖で水をぬぐった。
 目ぇ赤ぇーのみっともねーけど、花粉症のフリして、鼻でもすすっておこうかと思う。
 情けねぇ。
 バカみてーだ、オレ。
 三橋は最初から、乗り気じゃなかったじゃねーか。

『オレは別に、このままでもイイ、よ』

 そう何度も聞いたのに。
 聞いてたのに。
 遠慮してるだけだと思い込んでた。望まれてねーなんて、思ってもみなかった。

 別々に暮らしてるから、うまくいかねーんだって。
 一緒に住み始めれば。また、ゆっくり元に戻れると思ってた。
 やり直せるって。
 そう、思ってたのはオレだけか?
 三橋は。
 もう――やり直すチャンスさえ、オレにくれねーつもりなのか?

『阿部君とは、もう……』
 東京駅で。背中向けたまま、首を振ってたの思い出す。
 あれが本音か。
 あの時、諦めてりゃ良かったか。


 駅前のスーパーに寄って、大量の酒を買い込んだ。
 イベントコーナーは様変わりしてて。「春の新生活応援コーナー」になっていた。
 大きなお世話だ。
 新生活なんて、始まんねー。

 しんとした独りの家。
 ビールのプルタブを開ける音が、大きく響く。
 やけくそのようにグイッとあおると、飲み切れなかった分が口から溢れ、アゴを、喉を、服を濡らした。
 酔って、何もかも忘れてしまいたかった。

(続く)

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