Season企画小説
再生の部屋・5
ムカついたので、そっからもう電話をかけんのをやめた。
メールもしなかった。
怒らせたと悟って泣いてりゃいい。反省すりゃいい。
……謝って来ればいい。
オレからの電話を待ち続けて、不安になってる三橋を想像し、いい気味だと思った。
けど、よく考えたらそれは、想像でしかねぇ。
三橋がオレのこと、大事で失えねぇって思ってくれてること前提だし。
もしかしたら、もう、どうでもいいと思われてんのかも。
だから引っ越して来ねぇのかも。
オレが連絡しようと、無視しようと、どうでもいいのかも知んねぇ。「嫌いだ」つったって、もう、傷つかねーのかも。
その証拠に、三橋からの連絡は1度も無かった。
鳴らねーケータイを、くそ大事に持ち歩いて、空っぽの新居でビールをあおる。
気にしてる時点で、もう負けだと思う。
あっちは、気にしてねーかも知んねーのに。
もうオレに好かれようが、嫌われようが、痛くも痒くも感じねーかも知んねーのに。
どう思われるかなんて、気にしてる時点で負けなんだ。
もうあいつには――オレなんて、大事じゃねーかも知んねーのに。
土曜日。
三橋は前に「仕事だ」つってたけど、それさえもう言い逃れに思えて、信じらんねーで、黙って三橋の部屋の前まで行った。
いきなりピンポンしても良かったけど、居留守使われっかも知んねーし。電話をかけてみる。
『あ……』
珍しくワンコールで出た三橋は、弱々しい声でオレを呼んだ。
『あ、べくん』
泣いてるみてーだとか、憔悴してるみてーだとか、そんなことはもうどうでも良かった。オレに見えてんのは、たった1つの事実だけだった。
「やっぱウソか」
ドン!
鉄の扉を、腹立ちまぎれに叩く。
受話器の向こうから、ひう、と三橋の悲鳴が聞こえた。
ケータイ越しに、扉越しに、オレは怒鳴った。
「開けろ!」
ドン!
三橋が扉を開けるまで――顔を出すまで、何度でも叩いてやるつもりだった。
けど、3度目を叩く前に、中でカチャンと内鍵を開ける音がした。
ケータイをしまいながら待ってると、ちょっとだけ開けた戸の隙間から、滑るように三橋が出て来る。
後ろ手にパッタンと扉を閉める三橋。
背中にドアノブを隠し、キョドキョド視線を揺らして、オレの顔をまともにも見れねぇ。
なんだそれ?
なんだ、その態度?
部屋に何を隠してる!?
「中に誰かいんのか!?」
オレは三橋を押しのけ、ドアノブに手をかけた。
「ダ、メッ!」
三橋が必死の顔で縋ったけど、力で負ける訳ねーし。「どけっ」って振り払って、鉄扉の中に入り込む。
どんな奴がいんのかと思った。
男か? 女か?
オレの知ってるヤツなのか?
けど、中には誰もいなかった。誰もいなかったけど――。
「なんだ、コレ?」
オレは静かに部屋の中を見回した。そこは、この間来た時のままだった。
はっ、と笑える。
バカバカしい。
ずっと心配してた。三橋はダンボールの山の中に、囲まれて過ごしているんだと。
日用品も着替えも食器も、全部梱包してて、そんなじゃ不便に違いねぇと。
そんな状態だから、そんな状態で引っ越しがキャンセルになったから、泣いているんだと。
途方に暮れているんだと。
気の抜けたような返事しかできねーんだと。
オレは、ずっとそう思ってた。心配してた。信じてた!
なのに。
「なんだ、コレ? なあ?」
ダンボールの山なんて、どこにもねぇ。
ほとんど前と同じままのワンルーム。
申し訳程度に小さなダンボールが一個、本棚の本が入れられ、置かれてた。
後は、日用品も服も食器も、全部そのままで。引っ越しの準備、なんて――。
「全部ウソかよ?」
声が震えた。
(続く)
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