Season企画小説
再生の部屋・3
部屋に戻ってから、買った食材を冷蔵庫に詰め込んだ。
ビールを呑もうと6本パックを開封してから、あー、挨拶に回るんだった、と思い直す。
仕方なくバラして冷蔵庫の扉に並べ、代わりにペットの水を開けた。
6時半。
三橋から連絡ねーけど、まだ電車かな? そろそろ着いてもよさそうじゃね?
つーか、あいつ、家は出てるんだろうな?
イヤな予感に顔をしかめながら電話をかけると、5コールくらい数えた頃に、『はい』と三橋の声がした。
思った通り、かすかにTVの音が聞こえる。
「お前! まだ家にいんのかよ!?」
思わず怒鳴っちまってから、ハッとする。いや、ダメだ。三橋は引っ越しの延期がショックで、泣いてたんだし。
「あー、……悪ぃ。怒ってる訳じゃねーんだ。大声出してごめんな」
慌ててフォローしたら、『う、ん』と弱々しい声がした。
「やっぱ体調悪ぃんじゃね? 昼メシはちゃんと食ったのか?」
そう訊いたら、『う、ん、多分』とか返って来た。多分って何だ。やっぱ、かなりボケてんな。
『ご、めん。あいさつ、オレ……』
呆然とした声で謝られ、「いーよ、もう」とため息をつく。
「別に明日でもいーし。オレだけで行ったっていーし」
『うん……』
気合の入ってねぇ返事。
ダンボールに囲まれてりゃ、そうなるか?
「とにかく、メシ行こうぜ。腹減った」
三橋はやっぱり、弱々しく『うん』とか『ゴメン』とか言ってたけど、「着替えとけよ」つって電話を切った。
挨拶なんか、明日でもいい。それより三橋だ。
あいつ、さっきから生返事ばっかで。このまま放置したら、明日までぼうっと座ってそうだ。
オレはもっかい上着を羽織り、さっき買ったクッキーと、三橋用のここの鍵を持って、家を出た。
駅まで10分。電車乗って10分。三橋の最寄駅に着いてから、電話をかける。
『はい……』
周りがうるさくて、あいつの背後にTVが聞こえるかどうかワカンネー。けど、多分、まだ家にいる。
「今さ、駅だから。5分で着く」
そう言うと、三橋はぼうっとした声で『どこ?』と訊いた。
「だから、駅だって。今、コンビニの前通過。小学校のフェンスが見えて来た」
そこまで言って、ようやく、オレがどこにいるのか分かったらしい。三橋が慌てた声を出した。
『ま、ま、ま、待って!』
「あー、もう相当待った」
『い、い、い、今出る、から』
「おー、そうしてくれ」
ぶつん、と音がして通話が切られる。
大慌てで支度してんのが目に浮かぶ。
まさか、会社から帰って、スーツのまま座り込んでた訳じゃねーだろうけど――せめてネクタイくらいは外して来るよな?
マンションの前にまで来たけど、階段は上がらねーで、ちょっと待ってやる。
そしたら1分もしねー内に、三橋が部屋から飛び出して来た。オレが階段の下にいんのを見て、ちょっとホッとしてる。
慌てて鍵を閉めた三橋は、階段を駆け下りるや、オレにぎゅーと抱き付いて来た。
そんなコトしてくんの、スゲー珍しい。
よっぽど……悪ぃと思い詰めてたか?
寝癖だらけの頭を、ポンポンと撫でて、ふふっと笑う。スーツじゃなくて、ちゃんとニットに着替えて来てんのはエライけどさ。
「お前、今朝どんだけ慌てて出勤したんだよ? 会社で笑われなかったか?」
まあ、そりゃ慌てるよな。だって、引っ越しって決まってる日に呼び出しとか、よっぽどの事態だったんだろう。
話せねー事も多いだろうし、事情を訊いたってワカンネーから、何があったとか別に訊かねーけど。
「スゲー寝癖だぞ」
そう言ってやると、三橋は「うえっ、ふおっ」とうろたえながら、両手で頭を撫でつけてる。
いや、全然直ってねーけどな。
ははは、と笑ってやると、三橋もふひっと小さく笑った。
周りを素早く見回して、ひと気のねーのを確認してから、掠めるようにキスをする。
そしたら三橋は一瞬固まり、またオレにぎゅーと抱き付いた。
近くの定食屋で日替わりを頼んで、料理待ってる間に、鍵を渡した。
コトン、と目の前に置いてやる。
「失くさねー内に、キーホルダーに付けとけよ?」
オレがそう言うと、三橋は「う、ん」と曖昧にうなずきながら、ぼうっと鍵を眺めてる。
「それから、これ」
持ってた小さな紙袋を差し出すと、キョトンとした顔されて、ちょっと笑った。
まあ……チョコ貰ってもねーのに、普通は渡さねーよな。
「何か、目が行ってさ。好きそうかなと思って」
明日ホワイトデーだなんてこと、別に言わなくてもいいだろう。チョコ貰ってなくたって、気持ち示して見せたっていいし。
三橋は、クリームイエローの紙袋を受け取って、おおずおずと中を見た。中には同色の紙で包装された、丸い缶が入ってる。
それがクッキーかどうかなんて、パッと見分からねぇと思うけど――。
「ありが、と」
三橋はそう言って、ふにゃっと笑った。
眉が下がってた。
(続く)
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