Season企画小説
星と見る時差の七夕 (水谷視点・大学生・2023七夕)
七夕の日って毎年大体、晴れよりも雨が降ってる印象が強い。旧暦の8月でやるならともかく、今の暦じゃどうしたって梅雨の時期だし、降ってなくたって湿度が高くてじめっとしてるイメージだ。
けど幸いにも今日、今年の七夕は雨が降らなかった。
現在、日本時間の午後8時。地方によっては大雨だったらしいけど、少なくとも東京はギリギリセーフだ。天の川が見えるかっていうとビミョーだけど、川の氾濫は大丈夫そう。
寮の食堂に飾られたでっかい笹飾りも、窓から吹き込む夜風にさわさわと揺れてた。
「こっちはまあまあ晴れてるよ。そっちはどう?」
食堂のテーブルに開いて置いたノーパソに向かって話しかけると、わずかなタイムラグの後、『曇ってる、よー』ってチームメイトの弾んだ声がした。
『おはよう、フミキ君っ』
「いやいや、今は夜だからね」
オレのツッコミに、ふへへとスピーカーから笑い声が漏れる。
画面の向こうにいるのは、現在渡米中のうちのエース、三橋廉。今日から……っていうか、日本時間だと明日からになるんだけど、ともかくアメリカ時間での7月7日、向こうで開催される日米大学野球選手権に出場予定の選手の1人だ。
オレとは高校の時からの付き合い。今年でチームメイト歴7年。
普段はキョドリがちでドモりがちだけど、マウンドに立ってる時はものすごく頼りになる投手だった。
まあ、今はマウンドじゃないしユニフォーム姿でもないからかな、どことなく残念さが際立ってる。寝癖のせいもあるんじゃないかな? 柔らかな茶髪の猫毛がくしゃっとなってて、ちょっと笑える。
食堂にいた他の仲間も、パソコン画面を覗き込んで、「おい、寝癖ぇ」なんて笑ってた。
呑気にこっちに手を振って、『み、みんな、おは、よう』じゃないっての。
「起きてまだ鏡見てないの、レン? 寝癖ついてるよー?」
くすくす笑いながら教えてやると、『ふおっ』って声と共に、画面に映ってた景色がぶれた。ぐるんと回る視界に、思わずこっちも「おおーっ」ってどよめく。
きっと、寝癖を確かめようとして、ケータイ持ってた方の手まで動かしちゃったんだろう。そういうとこ、相変わらず残念だなぁと思った。
大学選手権とはいえ、日本代表、サムライブルーのユニフォームを着る1人だっていうのに。ちっとも偉ぶらなくて、気負ってなくて、にこにこ機嫌よさそう。
昨日はアメリカのどこかの大学チームと練習試合もしたんだっけ? 三橋の登板はなかったみたいだけど、時差の影響もないっぽいし、調整もきっとできてるんだろう。
「調子どう?」
『うおお、ご、めん。……何?』
再び画面に戻って来た三橋が、こてんとあどけなく首をかしげる。
「調子。どう?」
わずかなタイムラグ。『いいよー』って帰って来る笑顔。試合の当日なのに、緊張しないんだろうか? 今日は登板予定じゃないんだっけ?
三橋がいつも通りにほんわかしてると、こっちの緊張も取れて来る。
そういや高校の時なんて、試合前にくすぐりっことかしてたっけ。見てるこっちも笑えてきて、イイ感じにリラックスできた。
エースだけど、癒し系なの稀有だよねぇ。
ジャパンチームではエースじゃないのかもだけど、それでも癒し枠なのは間違いない。
後輩らも同じように思ってるみたいで、後ろから「三橋先輩萌えるわー」なんて声も聞こえる。
「朝ごはんは食べたのー?」
オレの問いに数秒遅れて、三橋が『まだだ、よー』って返事した。
『起きて、ストレッチして、今、シャワー待ちなん、だ』
シャワー待ちってことは、誰かと相部屋なんだろうか? まあ、大学生なら当然なのかな? 合宿だってしたんだもんね。
ルームメイトとは仲良くやれてるんだろうか? 三橋は人見知りなとこあるから、ちょっと気になる。譲ってばかりじゃなくて、嫌なことは「NO」ってハッキリ言わなきゃいけないんだよ?
オレの心配をよそに、三橋は機嫌よさそうで、『メシ、美味いよ』なんて喋ってる。
『朝はビュッフェで、食べ放題なん、だ。昼はサンドイッチとか、ハンバーガーとか、で、夜はステーキっ!』
こっちのみんなが「おおおー」とどよめく声を聞いて、三橋が『うへへ』と無邪気に笑った。緩んだ口元から、今にもよだれが垂れそう。どうやら我らがエース様は、ハラペコみたい。
「今日は七夕だって知ってた、レン? 短冊に、日本頑張れって書いといたよ〜」
「あ、オレもオレも〜」
「オレも書きましたよ、先輩!」
オレらの言葉にワンテンポ遅れて、三橋が『ありが、とおー』と頬を緩めた。嬉しそうに手を振られて、こっちのみんなも画面の向こうにわいわい手を振る。
「頑張れ、ニッポン!」
誰かからの激励にも、気負わず驕らず。『おおっ』なんて笑顔で返事してくれる、我らがエースに気持ちが高まる。
いいなぁと思った。コイツが友達で、ホントに嬉しい。
「オレ、そういうレンが好きだよ〜」
勿論、変な意味じゃないけどね。
言わなくても分かることを口に出さずに笑ってると、毎度のタイムラグの後、三橋がふわーっと顔を赤くした。
『お、オレ、も!』
きっと三橋のことだから、その後に「フミキ君好き」とか「みんな大好き」とか、続けてくれようとしたんだろう。
勿論、変な意味じゃない。友達として、仲間として、チームメイトとして、好きっていうのあるじゃん。あるよね? あるハズだ。
けど残念ながら、その先を耳にすることはできなかった。
『へえ』
聞き覚えのある低い声がスピーカーから漏れ聞こえ、それと同時に画面に映る景色が再びぐるんと回ったからだ。
「おおう」とどよめくオレら。激しい手ブレ。
それが収まった後、画面いっぱいに映ったのは三橋の照れ笑いじゃなくて、別の男の顔だった。
『朝っぱらから楽しそうな話してんじゃん。オレのエースに告白か、フミキ? おはよう、いい朝だな』
ニヤリと笑う剣呑な顔をドアップで見せられて、オレもみんなも「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げる。
こっちは朝じゃないからー、とか、曇りだって言ってたよー、とか、そんな軽口を言う気にもなれなくて、「た、タカヤじゃーん」って呼びかける声が自然に震えた。
誰が誰のエースって? なんてツッコミだって当然できない。
キリッと太くて濃い眉に、くっきり二重の垂れ目。普通にしてりゃイケメンなのに、どうにも黒い笑みが腹黒さを隠し切れてない、不穏で怖い男。阿部隆也。
オレと三橋との高校時代のチームメイトで、かつては三橋とバッテリーを組んでた相棒だった。
オレらとは違う大学に進学して、今回三橋と共に日本代表の1人に選ばれたのは知ってたけど。まさか、三橋と同じ部屋に泊まってるのコイツ? 三橋、大丈夫? 嫌なときは嫌って、ちゃんと言わなきゃいけないんだよ!?
「あれってA大の阿部……」
「三橋先輩の貞操が……?」
オレの後ろでチームメイトがざわめく中、パソコンのスピーカーからは阿部のイケボが聞こえて来る。
『レン、浮気か?』
って。何言ってんだろうね、コイツ。
『うっ!? ちっ、違う、よっ! もうっ、ケータイ返し、てっ』
聞き慣れてるハズの三橋の声に、なんだか甘ったるさが混じってる気がして、いやいや、と首を振る。
今日、試合でしょお前ら? 日の丸背負うんでしょ? 日米野球でしょ? 緊張のカケラもないね!? あっ今、阿部が三橋の頬にキスしやがった! そういうとこ相変わらずだけど、カメラ越しに見せないで欲しい。
オレの後ろで、後輩たちが次々にイスを鳴らして立ち上がる。
「オレ、短冊に三橋先輩の貞操、守られるように書いて来る!」
「オレも!」
「殺虫剤って書く!」
「もはや神頼み、いや、星頼みしかねぇ!」
わいわいと笹飾りに群がるチームメイトに、ちょっと笑えた。悪乗りなのか本気なのか分かんないけど、嫉妬も悪意も何もない、こういう雰囲気嫌いじゃない。
これも、三橋の人徳かもね。日本代表になったって、謙虚で偉ぶらなくていつも通りのアイツだから、みんな応援したり心配したりするんだろう。
勿論オレだって、みんなと一緒だ。
「まあ、こっちはこんな感じだけどさ。2人とも体調に気を付けて、オレのために勝ってよー?」
オレからの激励に、阿部と三橋は仲良く顔を見合わせて、『おお!』って力強くうなずいた。
試合開始はアメリカ時間の7月7日、18時。
オレらは現地に行けないけど、ネット中継でリアルタイムに試合を見ることはできるから。星と一緒に日本チームを、静かに見守ってやろうと思った。
(終)
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