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Season企画小説
アジの日 (社会人・同棲)
※この話は、拍手ログにある同棲アベミハシリーズ「今日は何の日?」の番外編続編になります。



 今日が何の日か知ったのは、阿部君と買い物に出かけたいつものスーパーでのことだった。
「お、アジの日だって」
 そんな一言を残し、阿部君がふいっといなくなる。
 えっ、って振り向いたらもういないんだから、こんな時ばっか素早い。
 でも今日は、行き場所が分かってるから幸いだ。予想した通り、阿部君は「アジの日」ってでかでかと書かれた鮮魚コーナーのとこにいて、売り子のお姉さんから何かの試食を貰ってた。

「アジは今がちょうど旬なので、程よく脂がのって、身もふっくらしていて美味しいですよぉ」
 お姉さんのセールストークに、「へえー」と適当な相槌を返す阿部君。返事は適当で、視線は手元の試食にくぎ付けなのに、お姉さんがきゃっきゃとしてるのズルイ。
 その人、オレの恋人ですって言いたくなる。
 でも、そんな嫉妬めいたことを口にすると、阿部君すぐニヤケてくるから、絶対言わない。
「アジの由来は、味がいいからだと言われてるんですぅ。どうですかぁ? 美味しいでしょう?」
「うん、美味いね」
 お姉さんのトークに、爽やかに笑う阿部君。その爽やかな笑みのまま、オレを振り向き、「ほら食ってみろよ」なんて言ってくる。
 そう言われると、お姉さんもオレに「どうぞー」って差し出さなきゃいけないよね。申し訳ないなぁとは思うけど、ここで断るのも逆に悪くて、「いた、だきます」って試食を受け取る。

 小さなアルミのプレートに盛られてたのは、簡単に塩だけで味付けした焼き魚だった。ほんのひとかけだけの切り身だけど、美味そう。
 味付けに使ってるっぽい、オシャレな容器のハーブ塩もちょっと気になったけど、今日はアジの日なんだから、アジが主役だ。
「アジ、今が旬だって」
 さっきお姉さんから聞いたばかりのウンチクを、阿部君がニヤリと笑いながらオレに語る。
「焼き魚もいいけど、フライもいいよな。刺身はどうだ、アジサシ」
 そんなことを言いながら、試食コーナーをふらふらと離れていく阿部君。オレ、まだ食べてるのに。相変わらず自由気ままだ。あと、アジサシはアジを食べる鳥、だ。
 売り子のお姉さんも、そんな阿部君にちょっと戸惑ったみたい。
 えーと、って顔してオレを見て、それから「アジの日でーす」って声を上げつつ、また試食を配り始めた。

 オレにはウンチク語ってくれないのかな、って、ちょっと寂しい。
 でも、1対1で色々語られても、阿部君みたいに上手にスルー出来る自信ないから、これはこれでいいのかも知れない。
「おーい、ちょっとこっち来いよ」
 阿部君に呼ばれ、「もおー」とぼやきながらカートを押して移動する。お姉さんに「どうも」って礼を言うのを忘れない。
 そうして阿部君の呼ぶ方に行くと、阿部君は鮮魚コーナーに置いてる水槽を指さして、「新鮮っつったらコレじゃね?」なんて言い出した。
 魚のことにイマイチ疎いオレには、その水槽にアジがいるかどうかは分かんない。鯛がいるのは分かるけど、アジはどうか分かんない。分かんないけど、仮にいたとしても、お高いのは分かる。
 普通、水槽の中の魚、「これ頂戴」なんて買わない。
 いや買う人はいるのかも知れないけど、誰かが買ってるの見たことない。

「ふ、普通の刺身用の、買おう。りゅうきゅうとか、作るのいいよ」
 阿部君の腕を引いて、柵になってるアジを見せる。
 これもそんなに安いって訳じゃないけど、3枚におろすの面倒だし、ゴミが出るし、柵の状態で買っても十分新鮮だ。
「りゅうきゅう?」
「大分名物だって」
「大分なのにりゅうきゅう? なんだそれ」
 阿部君がおかしそうにふっと笑うのを見て、オレも一緒に頬を緩める。

 食いついてくれたー、と思った。魚だけに。

「面白いよ、ねっ」
 えへへと笑いかけ、阿部君と一緒にカートを押しながら歩き出す。
 阿部君はお総菜コーナーで「おっ、このアジフライ、デカくねぇ?」なんてふらふらしてたけど、水槽の中の鮮魚よりはマシだし。アジフライの1枚や2枚、カゴに入れられても文句は言わないことにした。

   (終)

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