Season企画小説
今日も宵闇の空の下・12 (終)
家の馬車はすぐ近くに停めてたみてぇで、執事はすぐに戻って来た。
「屋敷の者に遣いを頼みました」
執事が言ったのはそんだけだったけど、その意味はオレにも大体分かる。レンが帰ってたら、改めて誰かが迎えに来るってことだ。
まあそうだろうなと思った。オレはレンを信じて待ちてぇけど、執事はそうじゃねぇってことだ。
「旦那様」であるレンに仕える役目なのに、レンのことをビミョーに信じてなさそうなのが皮肉でおかしい。
それとも、こんなとこで待つって意地張ってるオレの方が滑稽だろうか。
「お腹はお空きではありませんか? 何か買って参りましょうか?」
執事の言葉に、そういやそろそろ食事時だよなと思った。
腹は減ってなくもねぇけど、ゴロゴロ鳴り出す程でもねぇ。むしろ喉が渇いた気がするから、飲み物の手配を頼んだ。
空間ポケットの中に色んな物は入ってるけど、さすがに飲み物までは入れてねぇ。
代わりに出すのは、昼間と同じ魔石板だ。探知魔法を発動するほどの魔力は戻ってねぇけど、魔石板を起動するくらいはできるだろう。
指先で触れて魔力を流し、板に映すのは、記録させてた過去の映像だ。
無防備に笑うレン。居眠りするレン。馬に乗るレン。会議するレン。剣に炎をまとわせて、森で魔獣と戦うレン。どれもこれも、すげぇ可愛い。
惜しいのは、実際にオレがこの目で見たんじゃなくて、探知魔法で覗いたのをそのまま保存した映像だってことだ。
いつか、オレの前でもこんな風に気安く笑ってくれりゃいいんだけど。
レンはまだ仕事してんのかな?
執事の買ってきてくれた冷たい果汁を飲み干して、口をぽかんと開けた無防備な顔を指先でつつく。脳裏にビカリと、金の光がまたたいたのは、その時だった。
びくっと顔を上げ、強い光の元を探る。
魔力をそっちに伸ばしても、探知魔法は展開しねぇ。けど、魔法なんて使えなくたって、レンの気配はすぐ分かる。
「レンだ……」
オレはベンチから立ち上がり、魔石板と果汁の瓶とを側に立ってた執事に押し付けた。
「は? 旦那様ですか?」
執事にはレンの存在が分かんねぇんだろうか。戸惑うように訊き返し、宵闇の向こうに目を凝らしてる。
王都に比べりゃ、圧倒的に明かりの足りてねぇ田舎街。道は暗く、街も暗く、執事の持つランタンの明かりが揺れるだけ。
けどレンの存在感は、目じゃなくて頭に直接届いて来る。いつもより眩しく感じるのは、今朝与えた腕輪の効果もあるんだろうか。
まもなく馬を駆る足音が、ドドドドと耳の方にも聞こえて来た。
「タカヤ、君っ!」
馬に乗ったまま、オレの伴侶が噴水広場に駆け込んで来る。
こんな暴挙、混雑する王都の噴水前じゃまず許されねぇ所業だ。きっとあちこちから悲鳴が上がり、大騒ぎになるだろう。
だがここは、王都じゃねぇ。レンのじーさんが領主を務め、レンが騎士団長として治安を守るレンの街だ。
「ごめっ、ごめん! 待った、よね?」
馬を飛び降りる勢いで、レンがオレに抱き着いた。その体をしっかりと受け止めて、「お帰り」って笑いかける。
オレのこと忘れてたのか、とか、連絡くらい寄こしとけよ、とか、そんな恨み言を口にする気にはなれなかった。屋敷の誰かとか騎士の誰かとかに伝言頼むんじゃなくて、レン自身が直接迎えに来てくれただけで、十分嬉しい。
「無事か?」
ほんわかと汗で湿った体を抱き締めながら訊くと、「うんっ」と弾んだ声でうなずかれた。
「無事っ、だよ! タカヤ君、の、お陰だ。2人とも、無事だった、よっ!」
どうやら、昼間映像で見たあの2人のガキは、無事に救出できたらしい。気になってたから、間に合ってよかった。
でもオレが言ってんのは、名前も知らねぇ商隊のガキじゃねぇ。目の前にいる愛おしい伴侶だ。
オレとデートしてた時のままの服だし、着替える羽目にもなってなさそうなのは幸いだけど、無事かどうかくらい聞かせて欲しい。
「違ぇよ、お前だよ。ケガしてねぇか? 無事か?」
汗で濡れた髪を撫でながら尋ねると、レンはびっくりしたように肩を揺らして、こくりと1つうなずいた。
「うん、無事、だ……」
執事の掲げるカンテラだけが照らす中、レンがどんな顔してんのかよく見えねぇ。
赤い顔ではにかむように笑ってると可愛いんだけどな、と、そんなことを考えながら、宵闇の空の下に愛おしい伴侶を抱き締める。
月はまだ遠く、星が出るには早くて、街も空も暗くて。でも今は、レンがオレの腕の中にいてくれるから、それだけでもう満足だった。
(終)
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