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Season企画小説
今日も宵闇の空の下・6
 結局レンは、パーティが始まって随分経ってから現れた。騎士団の制服のまま、騎士仲間をぞろぞろ引き連れて会場の中に入って来たから、すげぇ目立ってた。
 華やかな正装の男女が集う中、深緑色の騎士服の集団は場違いなくらいに浮きまくってる。視線を引こうとして着てる意味もあるんだろうか?
 レンも、注目されてんのには気付いてるらしい。若干キョドって、目が泳ぎまくってたのは可愛いけど、オレんとこにまっすぐ来なかったのは可愛くねぇ。
 そんな格好で現れたら、注目されるに決まってんだろ、っつの。なんで着替えなかったんだ? 侍従に会わなかったのか? それとも、着替えなくていいとか、騎士仲間の誰かにそそのかされたか?
 オレと揃いの礼服よりも、仲間たちと揃いの騎士服の方がよかったか?
 せっかくの伴侶の誕生日パーティだっつーのに、モヤモヤがどんどん腹の中に積もってく。

 それでもやっぱ、主役だし? 伴侶として嫌な顔は見せたくなかった。
 こんな時には、さっさとバルコニーにでも避難した方がイイ。レンに背中を向け、フロアを横切って手近なバルコニーへと向かう。
 そのわずかな間にも、足を引っかけようとされたり、飲み物持ったままぶつかって来ようとされたり、定番な嫌がらせを受けたけど、伸びて来た足は容赦なく踏んでやったし、飲み物持って向かってくるヤツには逆に足を引っかけてやった。
 王都の貴族を舐めんなっつの。もっと陰険なやり取りは日常茶飯事だったし、それに比べりゃこっちの嫌がらせはオママゴトみてぇなモンだと思う。
 けど、いくら幼稚な嫌がらせだからって、繰り返しやられりゃ面白くはねぇ。
 ひたすらウゼェ。
 やっぱ当分、どうしても断れねぇ類の最低限の社交で十分だと思った。

 そうしてたどり着いたバルコニーにまで、レンを囲む賑やかな声は聞こえて来た。独身の騎士ばっか連れて来たんだろうか? 会場に集まってるご令嬢らがきゃあきゃあと騒いでる。
 騎士どもがどうだろうと興味はねぇけど、ついでのようにレンまで囲まれんのは面白くねぇ。
 レンが既婚者だってのは周知されてるハズだっつーのに、笑顔で話しかけたり、腕を絡みつけたり、ダンスに誘ったりすんのはルール違反だろ。
 まあ、オレに対してあんま好意的じゃねぇ連中と、ほぼ同じ顔触れなのはお察しだ。
 つまり、領主の孫の1人であるレンの妻の座を、オレみてぇなよそ者の男にやりたくねぇ勢力ってことだろう。
 だったらこっちの派閥、つまり領主夫人の派閥に所属すりゃよさそうなモンだけど、そういうことでもねぇらしい。

 実際のところ、オレらは政略結婚で、互いの家にとって利益のある縁組だ。オレの空間収納の件がなくたって、その辺の女どもよりオレとの結婚の方が価値があるってことになる。
 領主の次の次の後継者は、レンのイトコにほぼ内定してるから、レンが自分の血筋を残すことは求められてねぇんだけど。
 コイツらはそれを、どこまで理解してるんだろう?

「おお、レン。待ちかねたぞ」
 会場の奥の1段高いとこに座ってたレンのじーさんが、わざわざ立ち上がって自慢の孫を呼び寄せる。
「お前のためのパーティなのに。騎士団の仕事は抜けられなかったのか?」
 ちょっと厳しい口調で、レンのことをじーさんが叱る。
 けど、それも結局はポーズだけだって、オレはもう分かってる。
「う、ご、ごめん。じーちゃん」
 大いに反省したような顔でレンが謝ると、ため息をつきつつ、その話を終わらせてしまうのが何よりの証拠だ。
 ここでガツンと――例えば、嫁であるオレを立てるようにとか何か叱り飛ばしてくれりゃ、オレの立場ももうちょっと上がると思うんだけど。もうそれは、期待しても仕方ねぇんだろう。

 茶番じみたやり取りに、ちっ、と舌打ちして目を逸らし、バルコニーから夜空を見上げる。
 月は、既に白々と浮かんでて。オレを1人照らしてるようだった。
 風が吹き抜けて、庭木の真っ黒なシルエットを揺らし、オレの真っ黒な髪を揺らす。大広間の賑やかさを消してくれる程には強くねぇ、5月の清々しい風だ。
 王都に吹く風とは違う。それを寂しいとは思わねぇけど、なかなか慣れねぇなとは思う。

 しばらく夜風に吹かれてると、後ろから「あ、の」って声がした。
 振り向くと、騎士の制服のままのレンがいて、気まずそうにその胸元を握ってる。
 盛大な舌打ちを我慢したのは、誉められてもいい努力だ。
「……シャワー浴びてさ、着替えて来いよ。パーティなんだからさ」
 別に汗のニオイなんかオレは気にしねーけど、仕事場から直でパーティに来るんなら、多少はさっぱりさせるべきだろう。
 パーティにはパーティにふさわしい格好ってモンがある。それを守るための礼服だ。

 けど、レンはもう着替えるつもりはねぇらしい。
「ご、めん」
 反省したようにうつむいてるけど、ホントに反省してねぇのが分かる。
 「ごめん」に謝罪の意味がこもってねぇのも分かる。
 せっかく、今夜のこのパーティのために仕立てた、揃いの礼服だったんだけど? まあ、生地を選びに行くのだって気乗りしてなかったみてーだし? 最初から着る気がなかったんですか?

 色々言いたいことはあるけど、これ以上はもう、怒鳴らずに冷静に、文句を言える自信がなかった。
 今夜はお仕置き決定だ。明日、馬にも乗れねぇようにしてやる。
 そんなオレの決意が伝わったんだろうか? レンが、「あっ、さって!」って上ずった声で叫んだ。
「あさって、オレの誕生日、当日、は! 休みにするから! こ、今度こそデートしてくだ、さいっ!」
 言いながら、しゅぽーっ、とレンが真っ赤になっていく。頭のてっぺんから湯気が出てるのが見えるような赤面。
 どんだけ勇気を振り絞ったんだ、って、呆れつつも笑える。
 仮にも夫婦なんだが。そう考えると笑えねぇけど、レンの口から「デート」なんて言葉が出たのは初めてで、ちょっと嬉しい。
 こんなことで許してやろうって気になってんだから、オレも大概単純なんだろうか。いや、お仕置きはするけど。

「何があっても邪魔すんなって、部下にもよく言っとけよ?」
 ニヤリと笑いながら言うと、レンは真っ赤な顔をへにゃりと緩めて、「うん」と大げさなくらいにうなずいた。

(続く)

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