Season企画小説
今日も宵闇の空の下・5
待ちに待ったレンの誕生日パーティは、領主であるレンのじーさんの城で、盛大に行われた。
何ヶ月も前から準備されて、招待状もいっぱい出してて、かなり大掛かりなパーティだ。じーさんと交流のある他領の貴族なんかも来てるんじゃねぇだろうか。
オレは招待される側で、そういう下準備に関わってなかったから他人事だけど、事務方がさぞ大変だっただろうなと思う。
予算がどんくらいかかってんのかって、考えると目眩がしそうだ。
まあ、諸々の都合上、誕生日当日の開催って訳にはいかなかったみてーで、3日ほど前倒しになっちまってたけど、誤差の範囲だろう。
レンの衣装は勿論、オレが先日仕立屋で手配したお揃いの礼服だ。
オレのは黒と紺基調、レンのは柔らかなベージュとパステルオレンジを基調にして、フリルつきで、要所要所を可愛らしく仕立て上げた。
襟元に、オレのはオレンジの、レンのには黒のラインを入れ、胸ポケットのチーフの色もそれにして、お揃い感もバッチリとアピールできてるかと思う。
パーティの主役にふさわしく、可愛く豪華に。
女子と違って、ネックレスやら何やらでジャラジャラ飾る訳にいかねぇから、そこんとこの配分が難しかった。
勿論、全体的なコーディネートはオレの仕事だ。
ミハシ家の予算を握ってんのはオレだし、レンを着飾らせる予算を渋ったりはしねぇ。
レンは「かっ、可愛い過ぎない、か?」って言ってたけど、レンの存在自体が可愛い過ぎなんだから問題ねぇって押し通した。
そうして万全とも思える準備して、手間と金と時間をかけて開催されたパーティで――オレはなぜか、パートナー不在で会場に入場することになった。
「ミハシ伯ご令孫、騎士ミハシ卿夫人、タカヤ様ご入場!」
入り口で侍従が口上を述べ、オレを会場の中に案内する。
ちょっと気まずそうに視線を逸らしてっけど、気まずいのはオレの方だ。会場に1歩踏み入れると、途端にあっちこっちから不特定多数の視線がビシバシと集まって、正直ウゼェ。
「旦那様」であるレンが不在なことに批判的な目を向けて来る奴もいるし、よそ者のオレに対してそもそも批判的な奴もいる。
ざまぁって感じで嘲りの目線を向けて来る奴もいるし、ひそひそ声での悪口めいたモノだって聞こえる。
まあ、知り合いの奥様方も会場にはいるし、こういう時にこそ派閥ってのは生きる訳だから、半分くらいは味方か中立だと思いてぇ。けど、同情的な目線も、それはそれでウザかった。
幸か不幸か、こんな状況には慣れてるから平気だ。
夫婦で行く予定にしてたパーティに、オレだけが参加するなんていつものことだ。
直前で「ごめん」って謝られて、ドタキャンされることもあったし。パーティ会場に着いて早々、騎士仲間に連れられてそのままどっか行っちまうことだってあった。
結婚して半年。こんな風に、オレ1人が入場して、会場中の視線を集めながら闊歩するのにはもう慣れてる。
慣れてるけど、さすがに自分が主役の誕生日パーティで、それをやらかすとは思わなかった。
オレの誕生日じゃねぇってのが幸いか。そういう問題でもねぇか。
フロアに敷かれた赤いカーペットを踏みしめて、会場を大股で横切り奥に向かう。
奥には、このパーティの主催であるレンのじーさんや両親がいて。
「タカヤ君……」
って、困ったような顔でオレを見た。
「キミ1人なのか? レンは?」
「ええ、騎士団に呼び出されましてね。大猿がどうのって」
正直にありのままを答えて、義両親ににっこりと完璧な笑みを見せる。勿論作り笑いだけど、作らねぇと笑えねぇんだから仕方ねぇ。
レンがこういうパーティをドタキャンしがちなのも、オレが1人で入場させられるのも、オレが肩身の狭い思いさせられるのも、全部オレのせいじゃねぇ。
ただまあ、大猿の件はレンにとって、自分の誕生日パーティよりも優先されるべきことなんだろう。
『た、た、タカヤ君、あの、お、お、大猿、が、あの……っ』
って慌てたように言って出てったから、大猿が一体どうしたのかはオレにもよく分かんねぇ。大猿がまた出たのか、いなくなったのか、誰かを襲ったのか、痕跡があったのか、まったくオレには伝わんなかった。
どんだけ重要なのか、どんだけ緊急なのかも分かんねぇ。
ホントにレンが行かなきゃいけねぇ案件なのかも分かんねぇ。
オレが分かったのは、また今日のパーティも、オレ1人だってことだけだ。
「来れそうなら、後で挨拶に来るそうですよ」
にっこりと完璧な笑みのまま、レンの両親とじーさんに伝える。
せめて、事情をしっかり教えてくれてりゃフォローのしようもあるっつーのに。何も説明されてねぇ、その事実がオレの立場を悪くする。
夫婦の意思の疎通ができてねぇ、それもオレのせいじゃねぇ。
一応、今日のために揃えた礼服一式は、侍従に持たせてこっちに用意してるけど。着る機会がホントにあるのかねぇのか、そもそも着るつもりがあるのかさえ、多分レンにしか分かんなかった。
(続く)
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