Season企画小説
今日も宵闇の空の下・2
結局レンは午後になっても戻らなかった。執事に命じて騎士団本部に遣いをやったら、戻って来たのはレンじゃなくて、「ごめん」って書かれた手紙だけだ。
つらつら言い訳を書き連ねることなく、「ごめん」の一言しか書かれてねぇ手紙は、潔いっていえば潔いかも知れねぇけど、素っ気なくて物足りねぇ。そして、何も状況が分からねぇ。
なんで帰れなくなったのか、ちゃんと説明しろっつの。
一応、悪いとは思ってんのか? けど結婚して半年、あまりに「ごめん」ばっか言われ過ぎて、素直にそれを受け取れねぇ。
悪ぃと思ってねぇなら謝んな。謝るくらいならやるな。
ビシッとそう言ってやりてぇとこだけど、文句言うだけの時間もなかなか取れなくて、不満を飲み込むしかなかった。
代わりに大きなため息を吐いて、執事を呼ぶ。
「仕立屋に先触れを。オレ1人で行ってくる。あと、厨房に連絡して、旦那様への差し入れを作るように言ってくれ。ローストビーフのいいのがあるだろ」
てきぱきと命じながら、オレはオレで侍従に手伝わせて外出の支度を始める。
「よろしいのですか?」
ためらうような執事の言葉に「何が?」と短く問い返す。
当然ながら応えはねぇ。何がいいかって、何もよろしくねぇけど、ぐだぐだ言ったって仕方ねぇだろっつの。
そんな風に言う前に、レンをいさめて貰いてぇ。
ローストビーフは、今日のディナーのメインディッシュにしようと用意して貰ってたんだけど、この分じゃきっとディナーを一緒になんて無理だろう。
だったらサンドイッチにでもして、レンの口に入った方がいい。
甘酸っぱいジュレとリーフレタスを添えた、上質のローストビーフはきっと、ものすごく美味いだろう。
目の前で、「美味いっ」って喜ぶ顔を見たかったけど。レンにとっては仕事の方が大事なんだろうから、仕方ねぇ。
もし予想が外れてディナーを一緒に食えることになったら? そのときは、「ローストビーフ、美味かっただろ」って、話のネタにするだけだ。
そしたらレンからは、「差し入れありがとう」なんて言葉を貰えるだろうか? いや、そんなねぎらいは1回も貰ったことねぇから、ただの妄想で終わるけど。
「出かけるぞ、馬車の用意を」
侍従に命じて先に行かせ、オレも大股で部屋を出る。
仕立屋には夫婦で向かうって約束してあったっつーのに、結局オレ1人で行くのは、すげー気まずい。だったらいつもと一緒で、屋敷に来て貰うんでよかったじゃん、って思われそう。
1ヶ月前から予約しときながら、当日になってキャンセルして、時間を変更して、店の人間を振り回して。そんで結局1人かよ、って。オレが店員ならそう思う。
っつーか、なんでオレが、気まずい思いしなきゃいけねーんだろう? 納得できねぇ。
誰のせいか? オレのせいか? レンを信じたオレが悪いのか?
階段を下りて屋敷の玄関に向かうと、馬車が既に停まってた。侍従の開けてくれたドアをくぐり、どっかりと腰を下ろす。
「行ってくれ」
御者に合図すると、ゆっくり馬車が動き出した。屋敷の前庭を抜け、門を抜け、青葉の生い茂る並木道を眺めながら、街に向かう。
退屈な田舎の、退屈な道のりだ。
当初の予定通り、レンと一緒ならイチャイチャしながら楽しめただろうに。オレ1人じゃ、話し相手もいねぇし時間の潰しようがなかった。
やがて到着した仕立屋では、やっぱ気まずい感じだった。
「奥様、いらっしゃいませ。いつもお世話になっております」
見覚えのあるようなねぇような店主に、社交辞令的な挨拶されて、「ああ」とうなずく。
「今日はご主人様は……?」
「急な仕事が入ったらしくてな。悪かったな」
軽く謝ると「とんでもない」って言われたけど、内心どう思われてんのかは分かんねぇ。
さすがに面と向かって文句言われたりはしねぇけど、格好つかねぇなぁと思う。
店主に案内されるまま、店内をゆっくりと見学する。
勿論見るだけじゃなくて、注文も買い物もしてく予定だ。オレの好みの布と、レンに着せてぇ布とを選び、レンに似合いそうなデザインを選ぶ。
アイツはふりふりのフリルやレースなんかを嫌がってるけど、抜群に似合うし、可愛いし、使わねぇ手はねぇだろう。アイツいねぇし。
「旦那様の、誕生日パーティで着る衣装だ。この布で、可愛く華やかに、フリルたっぷりで仕立ててくれ」
ホントはレンと一緒にここに来て、仲良く布を選んだりデザインを選んだりしたかった。
レンに似合うデザインとオレに似合うデザインとは違うだろうから、そこをうまくお揃いに見えるよう、デザイナーを交えて語り合いたかった。
「お前はこの色似合いそう」とか。「タカヤ君、には、この色似合う、よっ」とか。「このフリフリは、ちょっと」って恥じらうレンに笑ったり。そういうやり取りに憧れんのはおかしいだろうか?
仕立屋の後は、宝飾店にも寄って、レンへのプレゼントを注文した。
うちの家計はオレが実質握ってるけど、そのミハシ家の予算じゃなくて、今回はオレの純粋な個人資産からの支払いだ。
頼んだのは、魔力伝導率の高ぇミスリルをベースに、魔力を溜めておける黄水晶をはめ込んだブレスレット。黒水晶の小さめのと黄水晶の大きめのとを交互になるようぐるっと並べて、1本のラインになるようあしらう。
魔法剣を使うときや、魔法球を投げるときの、レンの補助になればいい。
可愛くて努力家で、騎士団長の仕事を頑張ってる伴侶だから、その才能を応援してぇと思う気持ちはちゃんとある。
誕生日を祝うパーティは、孫を溺愛する領主のじーさんが主催して、城で盛大に行う予定だ。
でもそれとは別として、2人で静かに祝えたら嬉しい。
手ぇ繋いで庭を散歩するだけでもいい。
その日こそゆっくり、1日、オレと一緒に過ごして欲しい。
宝飾店を出た後は、領都でも人気らしい菓子屋に寄って、レンと使用人らに土産を買った。
一口大のマカロンやタルトは、オレの実家のある王都ではそんな珍しい菓子でもなかったけど、この田舎じゃまだまだ珍しい。
用事を済ませて屋敷に戻る頃には、もう夕暮れ近くになっていた。
「レンは?」
出迎えた執事に訊くが、まだ帰ってねぇようだ。
「連絡は?」
「ございません」
素っ気ねぇ返事に「だろうな」って呟きを落とし、そのまま執務室に向かう。
ホントは今日一日仕事をしねぇつもりだったけど、レンがいねぇなら、たった1人ぼうっと休んだって意味がねぇ。
レンからの連絡がねぇってことは、逆に心配ねぇってことだ。
ケガもしてねぇし、トラブルにもなってねぇ。いつもと同じ、平穏で退屈な日が終わる。書類と格闘してる間に日が暮れて、窓の外が暗くなる。
ローストビーフのサンドイッチは食べただろうか?
今頃、何をしてんのか?
オレのこと、ちょっとは思い出したりしてるだろうか?
晩メシには間に合うだろうか?
今日も宵闇の空の下、愛する伴侶の無事を祈る。月も星も瞬きだすにはまだ早い。空は、暗くて。
「晩餐のご用意ができました」
執事が礼と共に呼びに来て、オレは仕方なく立ち上がった。
(続く)
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