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Season企画小説
今日も宵闇の空の下・1 (ファンタジー・夫婦・2023三橋誕)
 それは、夫婦揃った久々の休日のことだった。少し遅めになった朝食の後、愛するレンと優雅にコーヒーを飲んでると、階下から騒がしい声が聞こえて来た。
 一体何だ、と眉をひそめる間もなく執事が「失礼します」って寄って来て、レンがスッと立ち上がる。
「何、だ?」
「騎士団からの伝令でございます」
 オレの方をちらっと見ながら、レンに報告する執事。オレの顔色をうかがってるっぽいのは気のせいじゃねぇだろう。
 「何だ?」ってキリッと尋ねるレンはかっこ可愛いけど、それを愛でてる場合じゃなさそう。
 騎士団の伝令って、嫌な予感しかなかった。

 今日は前々から予定してた、久々の丸1日の休日だっつーのに、台無しになりそう。新婚家庭にヒビを入れる、悪の所業だ。
 けどレンの方は、それを惜しいとも思ってねぇらしい。
「じゃあ、ここに呼ん……」
 と答えてからオレを見て、ビクッと肩を跳ね上げた。
「や、やっぱりオレが、行く」
 貴族として、感情を顔に出さねぇようにしてるハズなんだけど、オーラでも滲み出てたんだろうか?
 おい、と呼び止める間もなく、ぴゅうっと居間から出てくレン。どこに行ったかっつったら、まあ玄関なんだろう。
「逃げた……」
 ぼそっと呟くと、執事は気まずげに頭を下げ、無言のまま部屋を出て行った。

 まあ、オレは外から来た嫁な立場だし。執事を始めとした屋敷の者らが元「坊ちゃま」であり現「旦那様」であるレンを優遇すんのは仕方ねぇ。
 夫婦の寝室で大事な坊ちゃまを組み敷いてあんあん啼かせ、「許してっ」って言われても許さずに声が枯れるまでいじめまくってるオレに対して、思うとこのある連中もいるだろうと分かってた。
 でも可愛いんだからしょうがねーじゃん? 夫婦なんだし、オレ悪くねーよな?

 オレの伴侶のミハシ=レンは、可愛い上に努力家だ。
 領主の孫でありながら、騎士団の団長も務めてて、仕事も鍛錬も全力でこなしてる。
 仕事に熱心過ぎるのも考え物ではあるけど、世の中にはどうしようもねぇ浪費家で浮気者で遊び人もいる訳だし、真面目な働き者っつーのは美点だろう。
 その上、才能もある。
 普通、魔法ってのは1つか2つの属性しか使えねぇのに、レンは火と氷と雷の3つも使える。魔力を剣にまとわせて戦う魔法剣だけじゃなくて、球状の魔法を投げることもできる。
 まあ残念ながら炎球も氷球も、雷球ですら、スピードと威力がイマイチな訳だけど。コントロールはすげぇ良くて、オレは結構感心してた。

 その魔法の才能と剣術の才能を生かして、騎士団では大いに活躍してるみてーだ。
 東に魔物が出たと聞きゃ先頭に立って討伐し、西に盗賊団が出たと聞きゃ一団を率いて制圧に向かう。領内の見回りにだって行くし、訓練だって欠かさねぇ。
 他の団員と同じく夜勤もバリバリこなしてて、貴族だけど貴族ぶらねぇとこが、領民にも人気らしい。
 オレとしては、もっと堂々としててもいいんじゃねーかと思うんだけど、まあ領民に嫌われるよりは好かれてた方がいいだろう。
 ただ、屋敷にあまりいてくれなくて、それがオレには不満だった。

 さっきだってそうだ。
 今日は2人で街に買い物行こうって、1ヶ月も前から約束してたっつーのに。レンにとっては、そんなに重要だと思えなかったらしい。
 バタバタと派手な足音が近付いてくるのを、ため息とともに耳にする。
「し、支度を」
 使用人に言いつけてるレンの声が、オレのいる居間の外を通り過ぎる。
 ちっ、と舌打ちして立ち上がり、廊下の方に顔を出すと、さっきの執事がオレを見て申し訳なさそうに眉を下げた。
「何の支度?」
 オレの問いに、黙って頭を下げる執事。そこにドアを開けて現れたのは、騎士団の制服を着こんだレンの姿で。
 おい、と呼びかける声が思いっきり低くなったのは、仕方のねぇことだった。

「あっ、たっ、タカヤ、君……」
 オレの名を呼びながら思いっきりキョドってる伴侶の姿に、ため息が漏れる。
「騎士団が何だって?」
「あ、お、ひ、東の森、に、大猿の群れの痕跡、あった、って」
 大猿はこの地域の山林に生息する、大型の魔物だ。群れで行動して人里を襲い、農作物や家畜を奪う。たまに女子供などの柔らかそうな人間も奪う。
 見かけたら絶対に討伐しなきゃいけねぇ、A級魔物だ。
 だから、まあ、仕方ねぇ。
 痕跡を見かけただけっつーなら、まだ被害も出てねぇだろうし、まだ戦闘にもならねぇだろう。

「東の森? その痕跡とやらを見に行くだけか?」
 オレの問いに、こくこくとうなずくレン。
「……昼までに帰れそうか?」
「そ、れは多分」
 再びこくこくとうなずかれ、「じゃあ行け」と短く告げる。
「店には連絡しとくから、昼には帰れよ?」
 「わ、かった」っていい返事しながら、レンが軽快に玄関に向かう。
 森で目立ちにくい、深緑と黒を基調にした騎士団の制服は、ふわふわしたレンを10割増しで精悍に見せる。
 レンにはもっと、オレンジとか草色とかの優しい色が似合うと思うけど。この渋い色の制服を着た姿も、実を言うと嫌いじゃなかった。

 レンを見送ってから、オレは執事に言いつけて、今日訪れる仕立屋への伝言を頼んだ。
「予定してた時間をキャンセルして、昼に行くっつっといて」
「かしこまりました」
 深々と頭を下げ、手配に向かう執事は、どう考えてんだろう? やっぱレンの味方だし、レンの方が正しいって思ってるか?
 1ヶ月前から決まってた予定を、いきなり変更したら仕立屋にも迷惑だろうに。それよりも、騎士団の呼び出しの方が大事なんだろうか?
 いや、まあ、大事なんだろう。

 結婚して半年。まだまだ新婚。
 家同士の決めた政略の関係で、好き合って結婚した訳じゃねーんだけど、オレとしてはうまくやりてぇ。
 けど、一緒に買い物に行く約束も、一緒に遠乗りに行く約束も、「ご、めん」っつー謝罪とともに中止になるのはしょっちゅうで、怒る気力も失せてくる。
 もう何回目かも分かんねぇくらいの、約束破りと後回し。
 アイツ、オレのことどう思ってんだろう? まさか執事や家令と似たような存在だとか思われてねぇよな?

(続く)

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あきゅろす。
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