Season企画小説
ある旧友と共有されるべきチョコ (2023VD・大学生・花井視点)
その動画の情報は、高校卒業以来久々に会う水谷からもたらされた。
フリーWi-Fiの入ってるカフェに、わざわざ並んでまで入ろうって言われたから、何かと思った。
「花井ってさ、フリフリとか見る?」
「フリフリ?」
首をかしげるオレの目の前に、「こういうの」と水谷のケータイが差し出される。そこに映ってたのは、見覚えのある動画投稿サイトのTOPページだった。
「まあ知ってるけど、そんな見るって程でもねぇかなぁ」
野球の試合のライブ中継でもあるんなら別だけど、フリフリっつったら素人の動画投稿がメインな感じのイメージだ。
いや、バッティングのハウツーとか、審判経験者のウンチク動画とか、面白そうなのは見てるけど。
「で、それが何?」
オレの質問に、水谷は黙って画面を操作して、動画が一覧に並んだサムネの画像を突き出した。
そこに並んでたのが、「タカとレンのチャレンジキッチン」だ。
水谷が黙ってその1つをタップして、見たくねぇ動画が再生された。「はい」とイヤホンを差し出され、聴きたくねぇ音声を聴かされる。
『た、た、タカとぉ』
『レンレンのォ、ラブラブキッチーン!』
ドモリまくりの三橋に続いて、阿部が野太い声を出す。いや、チャレンジじゃねーの? ラブラブって何だ? 意味が分かんねぇ。つか、阿部に「ラブラブ」が似合わねぇ。
画面の中の三橋もそう思ったみてーで、『ら、ラブ?』ってデカい目を見開いてる。
『ラブだろ、レンレン?』
『れ、レンレンじゃ、ない、です』
『オレだってた、た、タカじゃねぇっつの』
阿部のまっとうなツッコミに、『うぐっ』と三橋が言葉に詰まる。その三橋の肩を抱き、阿部がぐいっとカメラに寄った。
『ラブラブです』
そんなバカなセリフをドヤ顔で言わなくてもいいっつの。
阿部のセリフに重なるように、「ラブラブです」ってハート付きでテロップまで表示されて、うわぁ、と引いた。
「……っ、これ……」
ドン引きするオレの目の前で、水谷がちょっと疲れたような顔でふへっと笑う。
「ビックリした? ビックリするよね? この動揺を誰かと共有したかったんだよねー。よかった、花井がいてくれて」
「よくねぇよ……」
嫌な感じの共有だ。ちっとも嬉しくねーし、教えてくれなくてもよかった。
「これ、多分アプリか何か使ってると思うんだけど、どう考えても編集阿部だよね?」
画面上では濃淡のピンクが吹雪のように舞い散って、その後はアイランドキッチンの様子に変わった。
編集、確かに編集だ。アプリに頼ってるんだろうとは思うけど、それだってオレができるかって考えると難しい。三橋にはもっと難しいだろう。
じゃあ、やっぱ阿部なのか。
『今日、は、焼かない簡単チョコ、ケーキを作り、ますっ』
エプロン姿の三橋のセリフに、『バレンタインなんでね』と阿部が嬉しそうに重ねた。
『愛妻からの、ラブです』
またしてもカメラにずいっと寄った阿部が、ドヤ顔でそんなたわ言を囁く。勿論、テロップも忘れてねぇ。
そういや今日がバレンタインだって、この動画見て初めて気付いた。気付きたくなかった。すげー空しい。
「今日、バレンタインなんだよね。知ってた?」
そういう水谷も、虚無を見るような顔してる。
バレンタインを歌う、有名なアイドルの曲がちらっと流れてハートが飛び散る。嬉しそうなのは阿部だけだ。
「コイツ、どんな顔してこんな編集してるんだろうね……」
「……こんな顔じゃね?」
ぼそっと呟く水谷に、ぼそっと答えるのはオレしかいなかった。
画面の中では三橋が、案外真剣そうに包丁を使い、チョコとドライフルーツを刻んでる。
チョコ系のクッキーやビスケットを砕く手つきも、それにバターを混ぜ込む手付きも、意外と手慣れてる感じでスムーズだ。
動画撮る前に練習してんのかな、と思った。練習を苦にも思わねぇヤツだから、多分何度も作ったんだろうなと予想できる。キョドってねぇのも慣れてる証拠だ。
『無塩バター、は、人肌くらい、に』
とつとつと解説する三橋の声に、『ひ・と・は・だ』って阿部が無駄なイケボで被せて来て怖ぇ。
砕いたクッキー類を溶かしたバターと混ぜ合わせる三橋。それを、適当な型に敷いて行くらしい。
『型は、何でもいい、です』
100均のらしいケーキ型に、100均で売ってるっぽい無地のタッパー、ヒヨコ柄の紙コップを、三橋が作業台の上に並べてく。
なるほど、焼かねぇケーキだから何でもアリなんだなってのは感心するけど、いちいちそれに阿部が『呼んだ?』とか『タカって呼んだろ』とか、絡んで来るのがビミョーにウゼェ。
『よ、呼んでない。か、型、これは』
『呼べよ』
『お、お呼びじゃない、のっ』
ウゼェ阿部にバッサリ言い放つ三橋を見ると、成長したなぁってしみじみ思う。けどそんな感動も、擬音付きで『ガーン』とショックを受けつつ嬉しそうにしてる阿部の顔で台無しだ。
『手伝っ、て』
とか指示されて、にやにや従う阿部が怖ぇ。手伝うフリして肩を抱こうとする様子がウゼェ。
そうしてる間にケーキの種はできあがり、上にさっき刻んでたドライフルーツが散らされる。色んな種類のドライフルーツを贅沢に盛ってて、キラキラしてて、宝石箱みてーだなと思った。けど。
『宝石箱みたいだな』
無駄なイケボで阿部が同じこと言うのを聞いて、胸の奥がモヤッとした。
「もう、いい……」
イヤホンを外し、ケータイごと水谷にぐいっと押し付ける。水谷は「ええー」って文句を言ってたけど、もしかしてまだまだ動画は続くんだろうか? 見たくねぇ。
「もう、胸いっぱいだ……」
胃の辺りをぐっと押さえながらぼやくと、「ここからが本番なのに」ってぼそっと言われた。
「本番?」
ギョッと目を見開くオレの前に、動画の代わりにデカい紙袋がボスンと置かれる。
「何コレ?」
嫌な予感に怯えつつ中を覗くと、そこにはさっき画面越しに見たのとまったく同じ、ドライフルーツの載ったケーキがどっさり入ってて、思わずひぃっと仰け反ってしまった。
「何だ、コレ!?」
「阿部から、お・す・そ・分・け」
水谷の声で水谷が言ってんのに、一瞬阿部の声が脳裏に響いた。まさか、さっきの動画の最後にそのセリフもあったんだろうか? 心底聴きたくねぇ。
「いっぱい作ったんだって、練習に」
「ああ……」
確かに、いっぱい作ったんだろうなとは思った。動画にする前に練習も必要だし、録画自体、何度も撮り直したかも知んねーし。三橋のことだから、きっと納得するまで作り直したんじゃねーかなとも思った。
けど、それが実際目の前にこうして置かれるとは思わなかった。しかも、ハンパねぇ量だ。
「日持ちしないんだって」
「そりゃ、焼いてねぇからな……」
なんで水谷が、あいつらの作ったチョコケーキを持ってんのか。気になったけど、訊かねぇ方がいいんだろうなと思った。
「よかった、花井がいてくれて」
「よくねぇよ」
力なく言い返し、紙袋の中をこわごわと覗き込む。
「まだチョコあるんだけど、他に誰がいるかな……栄口?」
ケータイを操作しながらの呟きに、「やめてやれよ」と一瞬思った。けど同時に、いや共有は大事だよなとも思った。
動画を見てなけりゃただのチョコケーキだけど、それじゃあ勿体ねぇだろう。勿体ねぇ。あれは共有されるべき。キラキラの手作りチョコと、ヤバい動画と動揺を、みんなへ。
「まあ、オレらだけが独占するわけにいかねーよな!」
オレのキッパリした発言に、水谷からの反論はなかった。
(終)
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