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Season企画小説
クリスマスに川で泣け・8 (終)
 そこからの三橋の行動は早かった。
 オレの気持ちが追いつかねぇ内に、どこかに電話を掛け始めてる。
「阿部君、明日、何か用事、ある?」
 ケータイを耳に当てながら訊かれ、「ねぇけど」と素直に答える。
 月曜にゼミはあるけど、日曜は休みだ。クリスマスに予定がねぇっつーのもどうかとは思うけど、それは三橋も一緒だろう。
 まったりとこたつの温もりに身を任せる気分でもなくなって、のろのろとオレもケータイを取り出す。
 ブラウザを開いて検索するのはジャージについてるチーム名だ。
 ――江戸川スリースターズ――
 そのクラブチームの公式サイトは、あっけなく見付かった。タップして開くとまず表れたのは、コレと同じジャージを着た十数人の集合写真。
 そこにしっかり三橋が写ってんのを眺めながら、少しぬるくなったコーヒーをすする。

「あっ、監督っ」
 そんな三橋の声に、ごふっとむせちまったのは仕方のねぇことだろう。
 監督、って。いきなり監督に電話かよ。
 監督に話が行っちまったら、「やっぱやめる」なんて言いにくい。いや、やめとくつもりあるかっつーと分かんねぇんだけど、後戻りできねぇとこに足を突っ込んじまった感じで、何とも居心地が悪かった。
 どんどん進んでく話に、気持ちが追いつかなくて焦る。
 「待て」って言いてぇような感じ。けど、待って貰ったって状況は変わらねぇし、ホントに待たせてぇ訳でも多分ねぇ。自分でも訳が分かんねぇ。
 三橋がとつとつと電話越しにまとめてんのは、見学の予約なだけなんだけど、そわそわと気が逸る。
 なんでこんなに落ち着かねぇのか。「行、こう」って言葉少なに手を引かれて、気の向かねぇままについてったこと、あったなぁと思い出す。

 こうして先んじて三橋が動くことは、高校時代にも何度かあった。
 榛名と和解した時だってそうだし、群馬まで往復で歩こうって決めた時もそうだ。っつーか、ここにオレを招いたのだって、唐突といえば唐突だった。
 徹底的に言葉が足りねぇのと説明がヘタクソなせいで伝わりにくいけど、三橋は常に色んなことを考えて動いてる。
 多分、三星をやめて西浦を受験したことだって、同様の行動だったんだろう。
 大学野球じゃなくて、クラブチームを選んだことも。
 そこにオレを誘おうとしてんのも。
 三橋にとってはちゃんと理由のある行動で、オレが野球を拒むなんて、ちっとも思ってねぇからこその強引さなんだろうと思った。

 今日知ったチームを明日見学って、いきなりだってのは否めねぇけど、明日の予定がねぇのは確かだ。
 それにもう年末だし、年明けたらこっちは試験で、明日を逃すと次がいつになるか分かんねぇ。2月より先になることは確実で、それだと逆に遅い気がする。
 面倒だなって思いも正直あるけど、そういや高校ん時は、いきなりの予定にだって面倒がったりしなかった。
 遊園地行こうとか、カラオケ行こうとか、合コンとか、そういうのなら行く意味ねぇけど、野球は別だ。クラブチームの見学なんて機会、過去のオレなら逃すハズなかった。

「阿部君、は、すごい捕手、で」
 電話の向こうの見知らぬ監督に向けて、三橋が力説してる様子に、ほんのり顔が熱くなる。
 忘れてた気持ちを思い起こされ、胸に小さな火が灯る。
 ああ、野球してぇなと思った。
 三橋と一緒なら、どこだって行けそうな気がする。

 大学で野球部に入らなかったことを後悔してる訳じゃねぇ。体験入部で「違うな」って思ったのは事実だし、そん時に受けた誰の球も、オレを熱くさせなかった。
 三橋より速ぇ球投げるヤツなんて何人もいたし、「使えるな」って思わせる投手もいた。
 けど、三橋の球を受けた時みてーな感動や、榛名の球を受けた時みてーな衝撃もなかった。コイツと一緒に野球やったら面白いだろうな、って思わせる相手と出会えなかった。
 どこでだって野球はやれるし、オレのやることなんて変わんねぇと思うのに、それでもそこは、多分オレの居場所じゃなかった。
 いや、もしかすると、運命的なモンだったのかも知れねぇ。

「あ、阿部君、大学で野球部入ってない、よね?」

 三橋の問いかけに、「ああ」とうなずく。
 オレのケータイ画面に映ってるのは、スリースターズの公式サイト。見学者随時募集中らしいそのチームのサイトには、入団試験トライアウトの応募要項が書かれてる。
  ・18歳以上の者。
  ・高校・大学・社会人野球のいずれかで選手経験のある者。
  ・大学生の場合、日本大学野球連盟に所属していない者……。
 日本大学野球連盟、つまり大学の硬式野球部に所属してると、クラブチームには入れねぇ。正直、クラブチームを選択肢には入れてなかったし、そのために大学野球を選ばなかった訳じゃねぇ。けど。
「じゃあ、ちょうどいい、ねっ」
 ニカッと邪気のねぇ笑みを向けられると、「まあな」って口元が緩むのを抑え切れなかった。


 翌日は、朝5時半に起こされた。
 聞き慣れねぇアラーム、容赦なく点けられる照明。眩しさにガバッと身を起こすと、その拍子に頭の芯がズキンと痛む。
「うぁ……」
 うめきながら布団に倒れ込むと、「ふっ、二日酔い?」って三橋の声がする。
「阿部君、飲み過ぎっ。薬、いる?」
「おー……」
 飲み過ぎって言われる程飲んでねぇと思うけど、鎮痛剤は欲しいし、反論する気力もねぇ。
「起きて、食べて」
 バナナを持たされながら布団を剥がされ、「さっむ」と震える。

「まだ5時半じゃん」
 震えながらの文句は、「うひっ」って笑ってスルーされた。
 でも考えてみりゃ、高校時代のオレにとって、5時半はそう早くねぇ。
「ストレッチして、川まで走って、それからメシ、食べに行こう」
「メシ……」
 そう言われた瞬間、腹がきゅうと音を立てた。バナナ食ってんのに鳴る腹は、バナナじゃ足りねぇって訴えてる。
 こんな時間に開いてる店あんのかと思ったけど、あるらしい。
「そ、それとも、留守番しとく?」
 キョトンと首をかしげながら言われると、「そうする」なんてうなずけねぇ。
 バナナを食ったら薬を飲まされ、頭痛も治まらねぇうちにストレッチして、準備体操して、「行く、よー」と外に連れ出される。

 川まで走るための、動きやすい服は三橋に借りた。
 黎明の河川敷に、男2人で向かう色気のねぇクリスマス。
 吐く息が白い。外は暗い。隣を走るヤツの顔もよく見えねぇ。けど、機嫌よさそうに笑ってんのが分かる。
 この先もきっと、こうして三橋に引っ張られて行くんだろう。いつか逆に、オレがあいつの背中を押してやる日も来るだろう。
 そうして一緒に過ごすのも悪くねぇ。
 昨日までゼミと試験のことしか頭になかったオレの中に、じわじわと野球が浸み込んで来る。
 いや、まだ見学もしてねーし、トライアウトだって受かるとは限らねーけど。それでも、寒さに身を縮ませて足踏みするより余程いい。

「さっむいなー」
 川が近付くと、やっぱ風が強くてハンパなかった。
 雪は幸い降ってねぇけど、いつ降ってもおかしくねぇくらい寒い。頬が切り刻まれてるみてぇに痛い。
「阿部君、昨日からそればっか、だ」
「寒ぃもん」
 ふふ、と笑う三橋をスルーして、オレは寒さと眠さに滲んだ涙を、指の先で軽く払った。

   (終)

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