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Season企画小説
クリスマスに川で泣け・7
 リビングに戻ると、三橋はカウンターキッチンに立って、あわあわと謎の行動をしてた。
「な、なっ、何か、飲む? 温かい、の? それとも酒、か?」
「ああ……」
 河川敷にいた時は、温かいモノを心底求めてたけど、シャワーのお陰で暖まった今、特に温かくなくてもイイ。
 三橋にわざわざ用意しても貰うより、さっき貰った余りモノの酒で十分だ。
「さっき先輩に貰った酒でいーよ。せっかくだし、お前も飲もーぜ」
 カウンターに置かれたレジ袋をガサゴソと漁ると、三橋が「うん」とうなずいた。
「こ、こたつ、どーぞ。オレも、シャワー」

 こたつと言われて目を向けると、さっきの間に掃除したみてーで、書類や何かは片付いてた。
 三橋は部屋中をあちこちバタバタと駆け回り、着替えや何かを用意して、風呂場の方に消えていく。
 まあ、バーベキューコンロの真ん前にいた訳だし、肉の匂いも服や髪に染み付いてんだろうからシャワー浴びてぇ気持ちは分かる。オレのコートも、早めにクリーニング出した方がいいのかも。
 そんなことを漠然と考えながら、勝手に発泡酒を開けて泡立つ酒をぐっと飲む。
 室温のままだけど、相変わらずキンキンに冷たい。それがすうっと喉から胃に落ちてく感じが、ほてった体に心地いい。
 河川敷で震えながら飲んだのと同じ酒だとは到底思えねぇ。
 湯上りのせいか、いつもより沁みる気がする。つっても、この間二十歳になったばっかだし、まだ数える程しか酒なんか飲んでねーけどな。

 なんともなしに部屋を見回すと、やっぱ目に入るのは懸垂マシンだ。発泡酒をぐびぐびと飲みながら、懸垂マシンにふらふらと近寄る。
 懸垂するときの注意点って何だっけ? 胸を張り、視線は斜め上、腹をマシンの方に寄せて、肩甲骨を意識して?
 半分くらい残ったままの缶を、グローブの収まってる棚の上にコンと置き、軽く深呼吸しながらマシンの前でバーを見上げる。
 そのバーをぐっと掴んで上体を引き上げると、難なく体が持ち上がり、まだまだやれるじゃんって思った。

 部屋の入り口から「ああっ」って素っ頓狂な声がしたのは、ちょうど腕の筋肉がぷるぷるし始めた頃のことだ。
 懸垂何回やったか、そういや数えてなかったけど、まあそろそろ頃合いだろう。
「あっ、あっ、おっ」
「何だよ」
 相変わらず言ってることが意味不明で笑える。慌てなくても、言い終わるまで待つっつの。
 笑いながら懸垂をやめて三橋の方を向き直ると、三橋はタオルを首に引っ掛けたままの格好で、キョドキョドと視線を上下左右に揺らしてた。

「あっ、阿部っ、く、お酒っ」
「おー。先に飲んでんぜ」
 キョドる三橋に返事して、飲みかけの発泡酒を再びぐっとあおる。胃の中を滑り落ちる炭酸が、冷たくて心地いい。
「はー、うま」
 ぷはー、と息をつきながら言うと、デカい目を見開いた三橋に、「酔う、よっ」って言われた。
「はー? そんな酔う程飲んでねぇっつの」
 言い返しながら缶を飲み干して、プライオボックスにどかっと座ると、三橋に空き缶を奪われた。
「カラ!?」
 って、缶を振りながら驚いてる様子に笑える。そりゃ飲み干したらカラだろっつの。自分だってさっき、コーヒーにするか酒にするかって訊いてたじゃん。
 「もおー」って怒ってるけど、なんか可愛いだけで、ちっとも迫力がねぇ。

 ……いや可愛いって何だ。可愛くはねーだろ。
 ふと浮かんだ考えをぶんぶんと首を振って振り払うと、その拍子にぐらっと体が斜めになった。
「あれ?」
 プライオボックスから転がるように落ちかけて、慌てて片手を突いて支える。
「ふおうっ、だっ、大丈、夫?」
 ちょっと焦ったけど、奇声と共に飛びついて来た三橋の方がよっぽど慌てて、危なっかしい。
「おっ、お酒飲んで運動、ダメ、だっ」
「はあ? お前だって、さっき走るとか言ってたじゃん」
 思ったことをそのまま言うと、三橋が「うぐっ」と口ごもる。
 河川敷の自転車置き場からここまで走んのと、オレのやった懸垂と、どっちが飲酒後に良くねぇのか、ビミョーなんじゃねぇかと思った。

 どうやら飲酒後に運動すると、筋肉の方に血液が行っちまって肝臓の血流が滞り、アルコールの代謝が遅くなるらしい。
 酒の回りも強くなるとかで、酔いやすくなるって。そしたら平衡感覚もおかしくなるし、ケガに繋がる。まあそう言われりゃ、飲酒後の運動を控えるべきってのは分かる。
 それに思い当たる節もあった。
 さっきのバーベキューん時の吉川先輩、会場中をうろうろと徘徊しつつ、寒ぃからって地団太踏んでなかったか。
 地団太っつーか足踏みだけど、あれも結構な運動だろう。単純に飲み過ぎってのもあるんだろうけど、ふらついてたのを思い出すと、そのせいだろうなって納得した。
「こたつ、どーぞ!」
 三橋に改めて促され、こたつにあぐらをかいて座る。
 オレの服はさっそく洗濯してくれてるらしい。「3時間くらい」って言われた。別に洗わなくても、乾燥だけでよかったんだけど。
 まあ、ズボンの裾だけを乾燥させんのは逆に面倒なのかも知れねぇ。普段洗濯なんかしねーから分かんねぇ。

「アルコール、抜けるのも3時間、くらいだって」
 こたつの天板にマグカップを置きながら、三橋がそんなことを言った。ふわんとコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐって、コーヒーもいいなと思う。
「詳しいじゃん」
 ニヤッと笑って誉めてやると、途端に変顔になって「うへっ」って照れる様子が可愛い。いや可愛くはねぇんだけど、なんつーか。味わい深いっていうべきか。
 それにも増して、こたつもいい。もぞもぞと潜り込みたくなる。寒空の下に出たくねぇ。
「やべぇ、こたつの魔力やべぇ」
 思わずぼやくと、「泊まってく?」って言われた。
「どうすっかな……」
 見透かしたように誘われて、マジで悩む。
 服が乾くのも3時間、アルコール抜けんのも3時間なら、帰るタイミングとしてちょうどイイ。ちょうどイイけど、こたつもイイ。ボックストレーニングにも興味ある。そんで、明日は何もねぇ。眠い。

 うだうだとこたつに潜り込んでると、自然と野球の話になった。
 さっきのアルコールがどうのってのは、所属してるクラブチームの社会人らが、色々教えてくれたんだそうだ。筋トレの後に飲酒したら、せっかくの筋トレが無駄になる、とか。飲酒ばっかだと筋力が落ちてく、とか。
 知らねぇウンチクを語られると、ちょっと悔しい。三橋のくせに生意気。現役で野球やってんだなって感じする。
「へえー、イイな。野球」
 思わずぽろっと口にすると、「阿部君も、やる?」って無邪気に訊かれて、ドキッとした。

「うち、今、専業キャッチャー、いないんだ。あ、阿部君が来てくれ、たら、試合、勝てる!」
 ぐぐっと気合入れる三橋を「ちょっと待て」って押しとどめる。
 突然の勧誘について行けねぇ。いきなりにも程があんだろ、って思いつつ胸の奥がそわっとすんのは、これは、まだ酔いが醒めてねぇからだ。多分。
 そもそもクラブチームって、どんなんだっけ。部外者でも入れんの? 入団試験とかねーの? 費用は? 大学と両立は? 社会人もいるなら大丈夫なのか?
「いや、ちょっと待て」
 再びそう言って、三橋から目を逸らすと――そこにはさっきの懸垂マシンが鎮座してて。何だか一気に、酔いが回ったような気がした。

(続く)

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