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Season企画小説
クリスマスに川で泣け・1 (大学生・2022クリスマス)
 冷たい風がクリスマスの河川敷にひゅうひゅうと吹き荒れる。
 用意された屋根だけのテントじゃ当然風よけにはなんなくて、思わず「さっむ」とぼやきがこぼれた。
 向こうで炎を上げてるバーベキューコンロだけが、この場にある唯一の熱源だ。
 肉の焼ける煙すら、風に吹かれてすぐに遠ざかる。金網の上の肉自体は、火にあぶられて熱々のハズだっつーのに、冷えてそうに見えんのは何故なのか。
「阿部も食え、焼けてんぞ!」
 この場を仕切る先輩に言われ、しぶしぶと組んでた腕をほどき、紙皿と割り箸を取る。
 もうこんだけで寒い。勘弁して欲しい。
 ウールのコートなんかで来るんじゃなかった。各地で積雪ってのは知ってたけど、アパート出た時はそんな寒くなかったし、雪も風もなかったから油断した。
 靴だって、スニーカーじゃなくて中ボアのスノーブーツくらい必要だった。靴底から寒さが這い上がる。

 なんでこんな真冬の河川敷のど真ん中で、季節外れのバーベキューなんかやってるかっつーと、ゼミの先輩に誘われたからだ。
 いや、「誘った」なんて穏便なモンじゃなかった。ほぼ強制に近かった。
 けど先輩らには、定期試験の過去問や対策ノートなんかで世話になってるから、断りにくい。
 サークルに入ってりゃ、そっち関係も当てにできたのかも知れねぇけど、結局どこにも入らなかったから、頼れんのはゼミだけだ。
 1月にはまた後期試験が待ってる訳だし。先輩らが残した過去問集をコピーさせて貰うためにも、1日くらい付き合ってもいいかと思った。

 だが今、それを後悔しかけてる。
「さっむ」
 何度か目のぼやきを口にしてると、先輩から「阿部ぇ!」と文句を言われた。
 吉川先輩、このバカげた真冬のバーベキュー大会に、オレを連れ出した張本人だ。
 勿論、被害者はオレだけじゃねぇ。同じゼミの男子はほぼ全員呼ばれたし、先輩が所属するサークルからもバイト先からも、それなりの人数を集めてた。
 顔見知りもいるけど知らねぇヤツも多いし、名前も学年も分かんねーから和気あいあいとはなりにくい。
 酒と肉がありゃコミュニケーション取りやすいのかも知れねーけど、それにしたって寒すぎる。

「寒ぃ寒ぃ言ってると余計寒ぃだろ! 暑い暑いって言えよ、心からぁ!」
 そう言う先輩本人はっつーと、スキーウェアかってくらいの隙のねぇツナギを着てて、隙のねぇブーツ履いて、それでなお寒そうに猫背になりかけてる。
 自分だって寒いんじゃん! とツッコミを入れてぇ、心から。
 そんな寒いんなら、最初からこんな時期にこんな場所でこんなことやらせんな、っつー話だ。
 普通、河原でバーベキューっつったら夏か秋にするモンじゃねーの? っつーか、よくこんな時期にバーベキュー会場開いてたな!?
 いっそ雪が降ってくれりゃ中止か延期にもできたっつーのに、晴れた冬空が恨めしい。

「仕方ねーだろ、夏は就活、秋は卒論で忙しかったんだ。あっという間に過ぎ去った4年間、あれ、結局大学でカノジョ作れなかったなと気付いたこの12月に、川で泣く以外に何がある!? しかもまだ卒業、確定じゃねーんだよ、オレはぁ!!」

 やけくそのように叫ぶ先輩に、さすがのオレも「知らねーよ」とは言えなかった。
 泣くなら1人で泣いてくださいよ、とも言えなかった。っつーか、ホントに涙目になってねーか、先輩。
「お前らも道連れだぁ!」
 そんな涙目の先輩が紙皿と割り箸を持ったまま、両手を高く上げて吠えた。
 嫌な感じの道連れだ。別に、恋愛なんかメンドクセーだけだし、先輩みてぇにカノジョ欲しいなんて思ってはねぇけど、寒空の下、川で泣くようなハメにはなりたくねぇ。

「オレ、知ってんだぞ。お前らみんな、カノジョもいねぇ淋しい奴らばっかだろ。クリスマスイブに寒風の中、男だけのバーベキューして、川で泣く青春! 淋しい! だがそれがいい! なっ、オレらはそれでいいんだよなっ!!」

「何言ってんスか」
 ぼやくようにため息をつき、やれやれとバーベキューコンロに向かう。
 後輩としては表立って文句も言いにくかったけど、一緒に誘われてたらしい4年の他の先輩らは、「よくねーよ!」とか「一緒にすんな!」とか、言いたい放題に騒いでた。
「寒いなら地団太を踏め!」
 じたじたと地団太をホントに踏みながら吠える先輩。
「いやいや、それより酒飲もうぜ!」
 同じゼミの別の先輩が、発泡酒の缶を掲げる。クーラーボックスも何もねぇけど、気温だけでキンキンに冷えてそう。酔いが回れば温かくなんのかも知んねーけど、こんな寒い中に冷たいモンは飲みたくなかった。
「夜通し飲むぞ、てめぇら! 今夜は川に泊まり込みだ!」
 今夜って。まだ昼を回ったばっかだっつーのに、何言ってんだ。勘弁して欲しい。
 真昼にこんだけ寒いなら、日が暮れたらどんだけ極寒になるんだろう。想像したくもなかった。凍死すんじゃねーか?
 っつーか、夜まで拘束されるつもりはねーんだけど?
 じとっとした目で先輩を睨んでると、そこに意外にも、水を差すようなツッコミが投入された。

「あの、ここ、午後3時まで、です」

 とつとつとした言い方ながらも、ズバッと真実を告げる声。
 聞き覚えのある声と喋り方とにハッと目を向けると、声の主はバーベキューコンロの真ん前でトングを持って、肉を淡々と焼き進めてた。
「三橋……?」
 なんでコイツがここに? 同じ大学じゃなかったよな? 高校時代、野球部でバッテリーを組んでた相棒の姿に、一瞬思考がフリーズする。 
 そんなオレをよそに、三橋は目の前で例の先輩に絡まれてた。
「3時まで、マジ!?」
「マジ、です。な、何回確認しても、変わらない、です」
 少々ドモりつつも、キッパリと言い返す三橋。そんな三橋のつれない態度に、「くそぉ」と頭を抱える吉川先輩。
 どういう関係なんだろう? いや、同じ大学じゃねーんならバイト関係かなってのは分かるけど。
 ビビらず、逃げず、怖がらず、ズバッと言い返してる様子に複雑な思いがわだかまる。高1の初め、オレのことは散々怖がって怯えてたくせに。この傍若無人な先輩と普通に喋ってんのが気になった。

「吉川さん、肉、どーぞ」
 三橋から肉を受け取り、先輩がしょんぼりとコンロ前から去っていく。
 かと思うと、別の誰かに向かって「肉焼けてるぞー!」とか「寒いなら地団太だ!」とか、再び絶叫し始めてんだから、しみじみとマイペースな人だと思う。
 そう思いつつ嫌いになれねぇのは、何だかんだ面倒見がいいって知ってるからだ。
 じゃあ、三橋も面倒を見て貰ったクチなんだろうか。

 先輩の背中をぼうっと眺めてると、横から「あ、の」と声を掛けられた。
 振り向くと、三橋が肉を挟んだトングを軽く上げ、オレに見せるように掲げてる。
「や、焼けてるので、どーぞ」
「おー……」
 ほんの少しの気まずさを隠し、三橋から肉を受け取る。
「お前、いたの」
 オレのそんな失礼な問いに、三橋はデカい目をふっと細めて、「いた、よー」と照れ臭そうに笑った。
「やっぱ気付いてなかった、のか」
「おー、マジ今さっき気付いたわ。お前、気付いてたなら声かけろよな」

 ぼやき半分のオレの文句に、三橋が「うへ」と小さく笑う。
 じゅうじゅうと立つ音。風に吹かれて消えてく煙。淡々と焼かれ続ける肉と野菜。それを参加メンバーがパラパラとやって来て持っていく。
 会話が途切れたのは、オレが肉を食ってるからだ。寒風の中でも、焼き立ての肉は熱くて美味い。
 飲み物が酒しかねぇのはどうかと思ったけど、熱々の肉を腹に入れた後だと、意外に冷たい発泡酒も美味かった。

「お前はちゃんと食ってんの?」
「ん、食ってる、よ。ここ、特等席、だ」
 そう言われてよく見ると、コンロ脇には使いさしの紙皿がちゃんとあった。しかもコイツ、タレのビンを丸々1本、自分用にキープしてる。
 食い意地張ってんのは相変わらずだなぁと思った。人の輪に入るのは遠慮するのに、食い物の争奪戦はそういや、高1の時から遠慮してなかったかも。
 たくましいっつーべきか、ちゃっかりしてるっつーべきか。
 淡々と肉を焼き、野菜を焼いて忙しそうにしてるのに。合間合間に食べ頃のちょうどいいヤツを自分の皿に盛り上げてて、ズリィけどスゲェ。
 三橋が「特等席」って言うのも分かる。
 まあ、コンロ係なんて面倒なことをやらされてるんだし、そんくらいの役得があんのは当然か。

「肉、焼けてる、よ」
 にへっと笑いかけられて、「おお」と紙皿を差し出し、焼き立ての肉を受け取る。ついでにキャベツやピーマンもぽいぽいと皿に盛ってくれて、手慣れてんなぁと感心した。

(続く)

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