Season企画小説
ハロウィンの食卓 (社会人、同棲)
※この話は、拍手ログにある同棲アベミハシリーズ「今日は何の日?」の番外編続編になります。
その画像を見た瞬間、不覚にも「ひぃ」と小さな悲鳴が漏れた。
どろっとした濃赤色の液体の中に、ごろごろと転がる丸い小カブ。そのカブには目と口の位置に切れ込みが入れられ、ニンジンが埋め込まれてる。
まるで、血の海に浮かぶ生首のようだ。
――お仕事頑張ってね。美味しいシチューが待ってるよ――
写真に添えられた恋人からのメッセージが、不似合いに可愛くて胸に刺さった。
「美味しい、シチュー……」
ドン引きしながら、再び写真に目を向ける。
ドロッとした赤いベースは、トマトだろうか。トマトとカブって考えると美味そうに思えるのに、このシチューは見た目がヤバイ。
週末、行きつけのスーパーでハロウィンコーナーがあんのを見たから、今日がハロウィンだってのは知ってたけど。料理までハロウィン風にしてくるとは予想外だった。
昨日、魔女っ子コスプレさせたのが、悪かったんだろうか?
それとも魔女っ子コスプレのまま、ベッドに押し倒したのが悪かったのか?
けど、ハロウィンっつったら仮装じゃん? トリックオアトリートじゃん? イタズラ一択じゃん? オレ、悪くねーよな?
微かに震えながら「美味しいシチュー」の写真を呆然と眺めてると、後ろで「ぶはっ」と誰かが吹き出す音がした。
振り向くと、隣のデスクの先輩だ。
「やっべーなソレ! お前の生首? ヨメさん、最高だな!」
ぐっと親指を突き出され、「は……?」と力なく笑うオレ。誰の生首かとか、やめて欲しい。マジで。
一方の先輩は、デスクに座りながらにやにやと嬉しそうだ。
「ブラッディ・スマイリー・カブ・シチューかぁ。いいじゃん、ハッピーハロウィーン!」
「いや、カブも英語にしましょうよ」
すかさずツッコミを入れたけど、そういやオレも、カブの英語が思い出せねぇ。ラディッシュ? じゃねーよな? 何だっけ?
検索するべく写真を閉じると、隣に座った先輩もケータイを取り出して触り始めた。
あ、先輩もカブの英語を検索してんのかな? そう思ったオレの目の前に、「じゃーん」とケータイが突き出される。
そこに映ってたのは、おどろおどろしいハロウィン料理の画像で、思わず「は?」と固まった。
目玉がいっぱい飾られたケーキに、紫と緑褐色の不気味なパイ。指そっくりのウィンナーに、あばら骨が丸出しになってる子ブタの丸焼き、のようなモノ。
金色の骸骨の巻き付いたワイングラスを掲げて、満面の笑みで写ってるのは、目の前の先輩だ。
「いーだろ、昨日の合コン」
「うわぁ」
どや顔で自慢されたけど、羨ましいかっつーとビミョーなところだ。
これ……食えるのか?
こんな合コンで、恋が芽生えたりするんだろうか? よく分かんねー。
もし三橋とこの店に行ったら……と考えると、喜びそうでもあるし、「ぎゃあ」って悲鳴を上げてそうでもある。怯えた顔もそれはそれで悪くねーけど、いや、デートとしてはやっぱビミョーか。
「で、首尾はどうだったんスか?」
ズバッと訊くと、先輩は途端にしょっぱい顔をした。
「可愛い魔女っ娘をお持ち帰りしたりとか?」
……なんてことは、してねぇだろうなぁと、訊かなくても何となく分かった。
まあ、先輩の合コンがどうとかは正直言ってどうでもイイ。
「さ、無駄話してないで、仕事仕事。ハロウィン残業、楽しいなー」
オレから目を逸らし、先輩がわざとらしくパソコンに向き直る。
カブの英訳を検索するような気も失せて、オレは再び恋人からのメールを開いた。
目玉いっぱいのケーキより、カブの浮かんだシチューの方が何倍も可愛くて微笑ましい。三橋がふひふひ笑いながら作ったんだと想像すると、何でも食えるぜって気持ちになる。
あの食いしん坊の三橋が、不味いモノ作るハズもねーし。見た目はあんなんだけど、きっと普通に美味いんだろう。美味いんだろうと信じてぇと思った。
2時間の残業を終えた後、ドキドキしながら帰宅したオレを出迎えたのは、写真よりも更にパワーアップしたメシだった。
「今日の晩メシ、は、地獄のシチューと魔物のピラフ、ヒキガエルの唐揚げ、だ」
「ヒキガエル……」
そう言いつつ、どう見ても骨付きのトリの唐揚げではあったけど、深緑色のどろっとしたソースが掛けられてて、どんな味なのかちょっと怖い。
けど、それよりも真っ黒なピラフがヤバイ。まあアレだろうなと予想はつくけど、予想以上の色味がヤバイ。
「魔物って、海に住んでて足が10本のやつ?」
苦笑しながら訊くと、三橋が「うひっ」ってうなずいた。
「く、クラーケン」
「クラーケンはタコだろ?」
「うえっ、そうだっけ?」
そんなバカな話をしながら、手早く部屋着に着替えて恋人の待つ食卓に着く。
「ハロウィンなのに、カボチャはねーの?」
「カ、ジャ、ジャックなら、切り刻んでシチューに入れた、よ」
「ジャァァァーック!」
シチューを覗き込んで大げさに嘆いて見せると、三橋が嬉しそうに声を立てて笑う。バカバカしいお遊びだけど、たまにはこんな夜もイイ。
食べる前にケータイを取り出し、凄惨なハロウィン料理を写真に撮った。
最愛の恋人の写真は見せるつもりねぇけど、料理の写真くらいは先輩に自慢してもいいだろう。
見た目はアレな料理だったけど、味は勿論いつも通り美味くて、文句なくハロウィンを楽しめた。
残念ながら、ベッドでのアフターは拒否されたけど、ハロウィンにしかミニスカはけねぇ訳でもねぇし。三橋が忘れた頃を狙って、また魔女っ娘姿を拝んでやりてぇなと思った。
(終)
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