Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・8 (終)
阿部さんは、自分でプレゼンした通りに掃除を手伝ってくれたり、買い物に付き合ってくれたりした後、もう1泊してから帰ってった。
買い物のとき「今夜は生姜焼きが食いてぇ」とか言い出してて、晩御飯も食べてくのかってドキドキしたけど、晩御飯どころじゃ終わらなかった。
金曜の夜と同様、阿部さんにシャワーを貸して、続いてオレもシャワーを浴びて戻ったら、既にラグの上にゴロゴロと寝転がってて、帰る気ないんだなって分かってしまった。
ベッドも布団もないけど、そんなのは慣れてるから平気なんだって。床でゴロ寝するのに慣れるって、どういう環境なんだろう? 気になるけど怖くて訊けない。
でも、理由もないのに「帰って!」って追い出すような勇気もなくて、結局そのまま日曜になった。
「休日ってさ、何したらいいか分かんねーよな?」
って、同意を求められても困る。
オレは休日、色々やることあるんだ、けど。阿部さんは逆に、休みを持て余しちゃう、らしい。
いつもは土日は寝て過ごしてて、夕方ようやく起きることもあるんだって。外にも出ないから、わざわざ着替えたりもしないとか。
月曜から金曜まで全力で走り過ぎて、燃え尽きて土日を迎える感じ?
仕事できる人って、みんなこんななのかな? このくらい仕事大好きにならないと、もしかして出世しない、とか?
事務仕事で作るデータは社外秘のが多いから、社外に持ち出し禁止な決まりがあるのも、阿部さんから聞いて初めて知った。
だから残業いっぱいで、だから土日は暇なんだって。
そんで、だから、会社の近くに住むのってすごく便利に感じるんだって。
オレ自身、すぐに帰れて楽してるのは確かだから、阿部さんに羨ましがられるのはまあ分かる。
けど、一緒に住みたいかって言われると、「はい」とは即答しにくくなる。
「これ、オレ専用な」
って、100均で茶碗や箸やカップを買って、食器棚にウキウキと並べてた阿部さんに、ぶるぶる震えた。
帰る気あるのかな、って、ちょっと不安に思ったけど、日曜の午後にはちゃんと出てってくれて、正直言うとホッとした。
そうしてオレの、ハラハラブルブルな時間は無事に終わった訳だけど。変なんだ。阿部さんが帰った後、逆に何か、存在感のなさに落ち着かない。
いたらつい正座になっちゃうし、ラグの上に座れないし、おっかないし、おもてなししなきゃって気分になるしでずっと気を抜けなかったけど、いざ1人になると、なんでか逆にソワソワする。
日曜の午後って、いつも何して過ごしてたっけ? そんなことすら思い出せなくて、夜までの時間を持て余す。
「給料って、特に使い道ねーよな」とか。「車? 社用車があんのにいらねーじゃん」とか。阿部さんと交わしたそんな会話が、頭の中に繰り返し繰り返しよみがえる。
1人分の夕食を作る気分にもなれなくて、ソワソワして、なんだかじっとしてられない感じだった。
阿部さんは、ホントにオレのアパートに引っ越して来るつもりなんだろうか? いつから? それとも、悪い冗談かな?
お泊りセット入りの大きなボストンバッグを抱えて会社に来てたらどうしよう?
そんな恐れを抱きながら、おっかなびっくり出勤した月曜日、意外にも阿部さんは普通にいつも通りのビジネスバッグで現れた。
「お、おはよう、ご、ざいます」
オレのビビりながらのあいさつに、「おー」って短く返事するのもいつも通り。
目の下のクマは多少薄い気がするけど、真っ暗なオーラを背負ってそうで、相変わらずおっかない。
オレの座る隣のデスクに無造作にドスンを腰かけて、それからイスごとオレの方を向く阿部さんに、ドキッとする。
「昨日の件だけど」
って、おもむろに話を始められて、とっさに肩がびくっと跳ねた。
「ひゃっ、ひゃい」
やっぱ、その話だよね、って、心臓がぎゅうっと痛くなる。
就活の面接よりも今、緊張してるかも知れない。どっきんどっきんと鼓動がうるさくて、血が上り過ぎてくらくらして来た。
でもオレのそんな緊張の理由が、阿部さんには分かってないみたい。「腹でも痛ぇのか?」って、キリッと濃い眉をしかめて来た。
「クソなら我慢しねーで、トイレ行っとけよ」
大きな声でそんなことを口にする阿部さんに、「違いますっ」って首を振る。優しいのかヒドいのか、よく分かんない。でもそんな感想は口にできない。
そのままブンブンと首を横に振ってると、阿部さんは何ごともなかったかのように、さっきの話を続けて来た。
「昨日、帰る途中に気付いたんだけどさ」
そんな言葉と共に、目の前にひょいと差し出されたのは、真黒なスマホに表示された、緑の交通カードだった。
「定期、12月まで買っちまったんだよな」
びくびくしつつ画面を見ると、通勤定期って表示されてるそのモバイル定期には、確かに12月10日までって、有効期限が書かれてた。
つまり、どういうことなんだろう? 頭の中を疑問符でいっぱいにしつつ、スマホと阿部さんとをキョドキョド見比べてると、「だから、12月だな」ってポンと肩をたたかれた。
「ふえっ、何、が?」
「だから、引っ越し。12月」
ニヤリとした笑みと共に告げられた言葉を、頭の中でぐるぐると咀嚼するように繰り返す。
えっ、12月? って、まだ先?
結局、ホントにうちに押しかけてくるのは無しにならない、の? それとも、途中で気が変わる、とか、ありそう?
今日からって訳じゃなかったのは、ちょっと肩透かしな感じするけど、先延ばしにされたのが良かったかどうかは分かんない。このビクビクドキドキが、あと半年も続くのかって思うと、神経がぷちんと切れてしまうかも知れない。
怖い。おっかない。平常心でいられない。気のせいか、ちょっとガッカリしてるような気がして、自分の気持ちが分かんない。
オレは、阿部さんにうちに来て欲しいのかな? 欲しくないのかな? 今すぐじゃないのかって、肩透かしなのはなんでかな?
12月になる頃には、分かるんだろうか?
「あ、そーだ。お前にプレゼントあったんだ」
にこにこと機嫌よさそうな阿部さんが、のし袋に入ったお米券をオレに差し出した。
「誕生日おめでとう。今週末は天ぷらにしよーぜ」
ぽんと肩に置かれた手にぎゅうっと力を入れられて、ぎくしゃくと笑みを浮かべる。
今週末。天ぷら。誕プレ。お米券。クマの薄れた目が、眼光鋭くオレを見つめる。怖い。おっかない。死神の鎌を首に当てられてるみたいな気がして、身動き取れない。おっかない。
けど、ちょっと週末を楽しみに思う気持ちもあって、断ろうって気持ちにはなれなかった。
(終)阿部誕に続く。続かない。
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