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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・7
 翌日は、起きたらお昼近くだった。
 ベッドに入る前は床に寝転がる誰かのことが気になって、緊張して眠れない……って思ってたけど、そんなこともなかったみたい。布団に潜ってからの記憶がない。酔いも回ってたし、色々疲れてたのかも知れなかった。
 オレよりもっとお疲れだったらしい、阿部さんが起きたのは、メシの支度が出来てからのことだ。
 炊飯器の炊き上がりの音がピーピー鳴ったと同時に、「腹減った」って声がしたからビックリした。「うひぃ!」って悲鳴を上げながら振り向くと、阿部さんが起き上がってて更にビビる。
 寝顔は案外無防備だったのに、起きて目を開けてるとやっぱ、おっかない。
 けど阿部さんはオレのビビりをスルーして、「いいニオイだな」ってニヤリと笑いながらキッチンの方に歩いて来た。
 よく寝てたと思うけど、そう簡単に目の下のクマは取れないみたいで、死神っぷりも相変わらずだ。機嫌は悪くなさそうだけど、笑顔でも迫力あっておっかない。
 のっしのっしと歩み寄って来られ、手元を覗き込まれてビクッとする。

「め、め、メシ、食べます、か?」
 上ずった声で訊くと、「おー、食う」ってあっさりと言われた。
「た、た、食べ、られない、物、とかは」
「好き嫌いは特にねーな」
 オレの問いかけに、当然のように答える阿部さん。納豆も野菜も酢の物も、別に好き嫌いなく食べられる、って。
 いつもカレーしか食べてなくて、偏食ってイメージあったからすごく意外だ。だったらサラダも食べればいいのにって思ったものの、それを口に出す勇気はない。
「じゃ、じゃあ、用意し、ます」
 心の中の言葉は心の中だけに押しとどめ、わたわたとご飯の支度する。
 朝っていうよりもうお昼だけど、心意気としては朝ご飯。ふっくら焼き立てのホッケの干物と、キャベツたっぷりの熱々味噌汁、キュウリと炒り卵の酢の物と、納豆だ。
 昨日の酒とラーメンと緊張が残ってて、イマイチ胃がスッキリしてなかったから、メニューは比較的サッパリめ。
 でもホッケの匂いと味噌汁の匂いがイイ感じに混じり合って、ぐうぐうお腹を刺激する。
 
 いつもは1人で食事するテーブルに、誰かと向かい合って座るのは初めてで変な感じ。自分ちなのに、なんか緊張して落ち着かない。
「へえ、和食か。いーな」
 阿部さんは感心したように言って、ガツガツもりもりとオレの手料理を食べてくれた。「うまっ」って食べながら誉められると、お世辞でもない感じで少々照れる。
 口に合ったみたいでよかった。
「こんなメシ、毎日食えたら幸せだよなぁ。つか、毎日食いてぇなぁ」
 って。社内食堂の定食だって、オレは美味いと思うけど。そんな風に言われると、やっぱ嬉しい。
 阿部さんはいつもカレー食べてるとこしか見たことないから、定食めいたもの嫌いなのかと思ってた。
「か、カレー、しか食べないの、かと」
 うっかりそう言うと、「は? なんで?」って逆に不思議そうに言われた。
 なんでって、いつも社食でカレーばっか食べてるからなんだけど。でも阿部さんが言うには、カレーは飲み物だから、なんだって。早く食べ終えて早く仕事に向かうには、ちょっぱやで食べられるカレーが1番なんだとか。

「お前が毎日弁当作ってくれるっつーんなら、食うぜ。助手席で」
 ニヤッと笑いながら言われて、ぶんぶんと首を振る。
 毎日弁当作るなんて無理。っていうか、助手席って。じゃあその間誰が運転するのか、恐ろしくもおっかなくて、訊いてみる気にもなれなかった。

 食事が終わると阿部さんは、風呂場やトイレを覗いたりベランダに出てみたりと、あちこち探検めいたことを始めた。
「あ、結構デカいと思ったら、もう一部屋あんのか」
 そんなことを呟きながら、空き部屋の方のドアを開け、遠慮なく中に入ってく。
 何も置いてないから散らかってはないけど、掃除もしてないからじろじろ見られると恥ずかしい。
「ここ、もう1人住めんじゃん」
「は、い……」
 他意のなさそうな言葉だけど、もう1人って言われると、色々意味深で気恥ずかしい。
 まだカノジョとかいないけど、将来そういう人ができた時、お泊りとか、同棲とか、そういう未来もあるのかなぁとか、ちょっと想像しなくもない。
 まあ当面はそんな予定もないし、出会いもないから、オヤとか友達とか泊めるくらいかなーとは思う。1番に泊めるのは田島君かも?
 いや、初めては阿部さんってことになるのかな? と、そう思った時。

「オレ、ここ住むわ!」

 そんなことを突然言われたから、飛び上がるくらいドキッとした。
「う、ええっ、うお、ちょっと、えっと」
 ドモリながら首を振り、視線をあちこちに巡らせる。上を向いても横を向いてもどう断ればいいかなんて答えはどこにも書いてなくて、ものすごい慌てた。
「何だ、その反応?」
 って、真顔で不思議そうに訊かれても困る。
「他に誰か住む予定あんの?」
「な、ない、です、けど」
「なら、いーじゃん」
 キョドリっぱなしのオレに、ニカッと嬉し気に笑う阿部さん。首を振っても通じない。笑ってるのにおっかない。営業中でもないのに押しが強い。
 いーじゃん、って。ちっとも良くないし、どうしようどうしようどうしようって、その五文字が頭の中をぐるぐる回る。

「オレと一緒に住めば、仕事も手取り足取り教えてやれるぜ? 事務処理の仕方も営業のコツも、ゆっくりじっくり説明できる。どうせ休日なんて持て余すだけだし、買い物でもどこでも付き合ってやるぜ。メシ作ってくれるんなら、掃除・洗濯くらいは代わってやるよ。お前、片付け苦手だろ?」

 流れるような営業トーク、迫力満点の営業スマイルに、「決めに来てる」ってビンビン伝わる。
 笑顔で大鎌を振り回してるイメージ。契約を一瞬で刈り取ってしまう、まさに死神。断る隙がない。怖い。ヤバイ。敵に回すの、おっかない。
「で、で、でも、こっ、恋人っ、とかっ」
 必死に絞り出したそんな言葉も、「恋人? いんの?」ってストレートに打ち返されて、グサッと胸に突き刺さる。
 いません、って、正直に言うのが、すごく自分でも情けなかった。

(続く)

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