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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・6
 何とか逃げたかったけど、阿部さんを振り切ることはできなかった。
「へえー、イイトコ住んでんじゃん。さすが勇者」
 オレの住むマンションを見上げ、暗がりでニヤリと笑う阿部さん。勇者は関係ないって思ったけど、そんなツッコミ入れられる余裕もない。
「会社まで徒歩圏内って、社畜御用達って感じだな。家賃、高くね?」
「しゃ……」
 社畜御用達、って。社畜な阿部さんに言われるのは心外だ。社畜じゃないです、とか、これはじーちゃんの名義で、とか、ごにょごにょと説明したけど、阿部さんの耳に入ってるかは分かんない。
「ここなら終電気にせず働けんな!」
 ニカッと笑いながら背中をべしんと叩かれて、ひぃぃと怯えながら首を振る。
 こんな時間まで働くつもりはなかった。終電は大いに気にして欲しい。確かに通勤は楽だけど、それは社畜になるためじゃない。阿部さんの仕事ぶりは尊敬しなくもないけど、決して見習いたくはない。

 必死にぶんぶんと首を振るオレの背中を押しながら、阿部さんがマンションに押しかける。
 「まあまあ」とか「さあさあ」とか「いいからいいから」とか言いながらずんずんと進めてく様子は、さすが営業部の死神ってことなんだろうか。
「何階?」
 エレベーターに強引に押し込まれ、ボタンの前に陣取られて、「さ、さ、3階」って答えてしまう。無慈悲にもエレベーターはすぐに着き、ちゅうちょする暇も貰えない。
 促されるままオレは鍵を開けて、阿部さんを「どう、ぞー」って部屋に招き入れることになった。

 そこからのことは、なんだかよく覚えてない。緊張と混乱とが酔いの中にミックスされて、ひたすらキョドッてただけだったかも。
 覚えてるのは、シャワーを貸したこと。そして、ちょっぱやで出て来られて焦ったこと。
 阿部さんに貸せる着替えを、って思ってTシャツとジャージとをわたわた用意してる内に、「おい、タオル」って声を掛けられてビックリした。阿部さんが替えの下着を持ってたのにもビックリした。
「いつでも泊りがけで仕事できるようにな。社会人のタシナミだぜ」
 ニヤッと笑ってのセリフが、冗談か本気か分かんない。社会人じゃなくて社畜のタシナミなんじゃないかと思ったけど、阿部さんにとってはイコールかも。
 交代で風呂に入って、ビクビクしながら部屋に戻ると、阿部さんはラグの上でどっかりとくつろぎ、オレが買った缶ビールを勝手に開けて飲んでいた。
 一緒に買ったポテチはとうに空っぽで、食べるのもちょっぱやなのかって、妙なことに感心する。
 ぼうっと見てるとプシッと音がして、目の前で缶チューハイが開けられた。あっ、と思う間もなくチューハイに口をつけて飲み出す阿部さん。それオレの、なんて声を掛ける勇気も気力もオレにはなくて、へなへなと足から力が抜ける。
 記憶がイマイチ曖昧なのは、その辺のショックもあるのかも知れなかった。

 仕方なく冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注ぎつつちびちびと飲む。オレは麦茶を、阿部さんはチューハイを飲みながら、その後ぽつぽつと話をした。
 何の話をしたのかは、正直あんま記憶にない。出身はーとか、大学はーとか、専攻はーとか、阿部さんに訊かれるまま答えた感じ。
 メシはーって訊かれて自分で作るって答えたら、「すげぇな」って誉められたのは覚えてる。あと、「もうちょっと掃除しろよ」って注意されたのも覚えてる。
「で、今日は何の飲み会だったんだ?」
 阿部さんがごろりと横になりながらオレに訊いた。
「たっ、誕生日、オレっ、近……」
「んー」
 近くて、って言葉に被せるように、阿部さんの唸り声が軽く響く。えっ返事? って阿部さんを見ると、彼は「くかー」と口を開けて寝入ってて。突然の会話終了にがくっと肩透かしを食らいつつ、正直言うとホッとした。
 指導係だし、先輩だし、外回りにも一緒について回って仕事してる人だけど、こんな状況で2人きりで何を話していいか分かんない。
 なんか、なし崩しに家に迎え入れちゃってどうなるかと思ったけど、あっさり眠ってくれるなら、これ以上気まずくもなんないし、会話を頑張る必要もない。

「あ、の、風邪、引きます、よー」
 こそりと小声で呼びかけたけど、阿部さんが起きる気配はなかった。
 むにゃむにゃと寝言を漏らし、ごろんと寝がえりを打って、また「くかー」って寝息が始まった。
 お疲れなんだなぁって感じ。終電に乗り遅れるまで働いてるなら、クマがひどくなるのも当然だ。
 阿部さんみたいに仕事に夢中にはなれないし、社畜に憧れもないし、見習いたい訳じゃ決してないけど、こんな時間まで残業してるのはスゴイかも。
 家に案内する間、迷惑そうにしちゃったこと、反省する。お詫びになるか分かんないけど、起きたら朝ご飯作りたい。
「お、疲れさま、です」
 ぺこりと頭を下げ、眠る阿部さんの上に毛布をそっと掛けておく。
 死神センパイの寝顔は思ったよりも無防備で、寝てたらおっかなくないのになって、ちょっと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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