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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・5
 田島君との2人での飲み会は、あちこち場所を変えて夜遅くまで続いた。
 いっぺん帰って着替えようか迷ったけど、田島君を待たせるのも悪いかなと思って、会社を出た時のそのままだ。田島君もスーツにビジネスバッグだし、オレもスーツで別にいい。
 まずは駅前の居酒屋でたっぷり腹ごしらえした後、大通り沿いのカラオケに行って、歌ったり踊ったり飲んだりした。〆は定番のラーメンで、食べ終わって店を出ると、もう終電近かった。
「やべっ、電車!」
 田島君が慌てて飛び上がって駅まで走り出し、オレもそれに付き合って、最寄り駅まで見送った。
 終電間際だけあって、駅にはひと気もあんまない。朝夕はサラリーマンでいっぱいになる周辺も、寂しいくらいガランとしてた。
 まだ何分かは余裕あるみたいで、駆け込んで来る人もない。田島君も、時計を確認して安心顔だ。トイレに行く時間もありそうだって。走った甲斐があったかも。
「き、気を付けて」
「おー」
 改札の手前で手を振ると、田島君も陽気に手を振り返してくれた。

「今度はお前んち、泊ってもいい?」
 そんなお誘いに、「いい、よー」と笑って返事する。
 オレ、部屋の片付けはあんま得意じゃないんだけど、今のマンションは就職してから住み始めたから、まだそんなに散らかってはなかった。
 定時に帰れてるから、洗濯物もためてない。
 阿部さんみたいな社畜だと、週末しか洗濯もできなくなりそうかもだけど、2LDKだし、空き部屋1個あるし、片付かない分はそこに押し込んでしまってもいい。
 いつか、田島君や誰かが泊れるように、お客様布団も用意しようかなと思った。

 田島君と改札で別れてから、駅前のコンビニにふらっと寄った。
 特に欲しい物がある訳じゃないんだけど、このまままっすぐ帰るのも何か勿体ないし、缶ビールか缶チューハイか、何か買おうかなと思う。
 ビールとチューハイを1本ずつとポテチとサラミとナッツを買ってコンビニから出たところで、最終電車が来たみたい。駅の方からリロリロとメロディが鳴るのが聞こえ、間もなくガーっと電車の音が響いて来た。
 田島君、乗れたかな。
 そんなことを考えながらぼうっと駅の方を眺めてると、どこからかダッダッダッダと走る音が聞こえて来た。えっ、と思って振り向くと、真っ黒なスーツ姿の男の人だ。
「その電車、待てぇぇぇ!」
 大声で叫んでるけど、それで電車が待ってくれるハズもない。っていうか、そもそもきっと聞こえない。無情にもプアーッと音を立てて、最終電車がガタンゴトンと走り出す。
「あああー……」
 がっくりと歩道にヒザを突き、失意にうなだれる男性。ビジネスバッグ持ってるし、きっと会社帰りなんだと思うけど。今まで飲んでたのかな? 終電の時間、忘れてた?
 田島君だって、ちょっと気付くの遅ければそうなってたかも知れないから、笑えない。気の毒に思いつつも、他人事だし、おっかなびっくり眺めるしかできない。
 ただ、その人が頭を抱えてもっかい「ああー」って嘆いた時、なんだか聞き覚えのある声だなと思った。

 そう気付いてよく見ると、なんだか知ってる人に似てる気もする。えっ、誰? ホントに知ってる人? だったら声、かける、べき?
 恐る恐る1歩ずつ踏み出して、うなだれるスーツの人にそっと近寄る。
「あ、の……?」
 ビクビクしながら声を掛けると、うなだれてたその人は虚ろな様子で顔を上げて――オレを見て、キリッと濃い眉をぎゅっとしかめた。
「お前……勇者……」
 目が合ったのにもドキッとしたけど、勇者って言われたのにもドキッとした。ホントに知ってる人だったから、それにも更にビックリだ。
「うおっ、あっ、うっ」
 驚き過ぎて言葉が出なくて、ひたすらうろたえるしかできない。そこにいたのは、昼間よりも更に死神度をアップさせた阿部さんだった。

 くずおれてた彼がゆらりと立ち上がり、思わず「ひぃっ」と悲鳴が漏れる。
「お前も終電、乗り遅れたのか?」
「ひぃっ、ち、ち、違います」
「ウソつけ。定時に会社出て、この時間までどこほっつき歩いてたんだ?」
「う、う、ウソじゃ……」
 ビビりながらぶんぶん首を振ったけど、会社を出たままのスーツ姿だし、カバンも持ったままだったから、説明しにくい。
 ほっつき歩いてた訳じゃないけど、飲み歩いてたなんてホントのこと言ったら、更に恐ろしいことになりそう。
 さっきまでくずおれてたのに、オレに詰め寄る阿部さんはちょっとずつ生気を取り戻してて、迫力もマシマシだ。すごく怖い。声かけなきゃよかった。夜中だから余計におっかない。そんで目の下のクマが更にヒドイ。

「あ、あ、阿部さん、は、終電……」
 じりじりと遠ざかりつつ尋ねると、阿部さんの整った顔から表情が消えた。
「オレが遅いんじゃねぇ、終電が早いんだ」
 真顔でそんなことをズバッと言われて、とっさに返事ができる訳ない。もし田島君とかなら、気の利いたツッコミ入れたりできるのかも知れないけど、オレにはとてもハードル高い。
 まさか今まで残業してた訳じゃないですよね、なんて訊く勇気もない。帰りたい。
 ……帰ろう。
 曖昧にこくこくうなずきながら、阿部さんからじりじりと距離を取る。
「じゃ、あの、お、オレ、帰ります」
 多少ドモりつつも早口で言い切って、ぺこりと頭を下げ阿部さんに背を向ける。そのままダッと駆け出そうとした瞬間、後ろからガッと肩を掴まれた。
「待てよ」
 地獄から響くような声を耳元で聞かされて、ギャッと全身が跳ね上がる。今、一瞬、心臓止まった。
「帰るってどうやって? タクシーか? だったら一緒に乗ってこーぜ」

 ニカリと間近で笑みを見せられ、口から「ひぃぃ」と悲鳴が漏れた。ぶんぶんぶんぶんと首を振り、「た、た、タクシー、じゃ」って否定する。
 真夜中に死神とタクシーなんか乗れない。ここから走って10分の距離に、そもそもタクシーなんかいらない。
「お、お、オレ、こ、ここ、近く、だから、は、走って、帰っ、ますっ」
 オレの必死のお断りの言葉に、阿部さんは「ああん?」とおっかなくも眉をしかめて――。

「お前んち、この近くなのか?」
 って、くっきり二重の垂れ目がちな目を、くわっと擬音付きで見開いた。

(続く)

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