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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・4
 その話は武勇伝として広まって、田島君の耳にも入ったらしい。お昼に社食で会った時、「お前、勇者かよ!」って笑われた。
 反射的にビシッとやっちゃっただけだし、ゴキブリ平気な人なんていっぱいいるし、武勇伝も何もないと思うんだけど、そういう問題じゃないみたい。
 結局あだ名とか二つ名なんてのは、面白おかしく話題になるだけのもの、なのかも。阿部さんの「死神」っていうのも、誰かが「死神みたい」とか言い出して、それが広まって定着したのかも知れなかった。
 阿部さんに「死神」は似合うけど、オレの「勇者」は由来が由来だけにすごくビミョーだ。その内「ゴキブリ勇者」とかになりそうで怖い。けど、「ゴキブリ」ってあだ名になるよりはマシかも知れない。
 むふぅ、と唸ってると、田島君が「あ、そうだ」って顔を上げた。
「そういや三橋、もうすぐ誕生日だろ? 今日金曜だし、飲みに行こーぜ」
「飲み……うん」
 「ただしワリカンなー」って言われたけど、誘ってくれるだけでも嬉しいし、誕生日覚えて貰えてただけでも嬉しい。
 同期みんなで打ち上げ行くのとは、また違った感じのワクワク。仕事帰りにこうして気軽に飲みに行くのって、なんだか社会人って気がする。

「どこ行く? 近場でいい?」
「お、オレんち、この近く、だから」
「うわ、いーなぁ」
 にへにへと照れ笑いを浮かべながら飲みの相談をしてると、後ろからガシッと頭を掴まれた。
「よお、勇者三橋。どこに行くんだ、冒険か?」
 そんな声と共にオレの隣の椅子が引かれ、テーブルの上に大盛りのカツカレーがドンと置かれる。
 えっ、と思ったら阿部さんでビックリした。
 田島君は既に分かってたみたいで、「ちわっす」って卒なく挨拶してる。

「冒険の前に営業だぞ、勇者。今日はいっぱい回らねーとな」
「ぼ……」
 冒険って。そうツッコミ入れる隙も無く、阿部さんはガツガツと大口でカツカレーを食べ始めてる。
 相変わらずくっきりクマの浮かんだおっかない顔なのに、心なしか機嫌よさそうなのは、外回りのお陰なんだろうか。「今日は」じゃなくて「今日も」じゃないかと思ったけど、いっぱい回るって、いつも以上ってこと? 
 またカレーだなぁ、とか、野菜は食べないのかなぁ、とか、気になるとこは色々あるけど、さすがに真横で口にできない。好き嫌いかも知れないし、アレルギーとかかもしれない。
「早くメシ食えよ、忙しくなるぜ」
 ニヤリと笑いかけられて、こくこくと首を縦に振る。
 機嫌良さそうなのは良さそうだけど、その笑みはやっぱり迫力満点で、死神って感じでおっかない。
 田島君も、こっそりビビってたみたい。

「死神センパイ、おっかねーな」
 阿部さんが去った後、田島君にこそっと言われてふへっと笑う。
「せ、先輩、機嫌良かったんだ、よ」
 同じくこそっと教えてあげると田島君は、「あれでかー!?」って目を見開いて驚いてた。

 ところで、いっぱい外回りするって言ってた阿部さんの言う「いっぱい」は、ホントにすごくいっぱいだった。
 ただでさえ他の人より多く営業先を回るのに、今日はいつもより多かった。
 オレは助手席で座ってただけだったけど、こんなにくるくる回るんじゃ、運転するのも大変なんじゃないかと思う。
 阿部さんはウキウキワクワクで機嫌よく「ちわー」とか「毎度ー」とか言って、幾つか取引もこなしてたけど、書類仕事も大変なことになるんじゃないのかなって、どんどん心配になって来る。
 よく分かんないけど、ゴールデンウィークの休みの分が、1週間後の今になって押して来てるんだって。
 そう聞くと大変だなーって思わなくもないんだけど、他の先輩はっていうとやっぱり阿部さん程忙しそうにはしてないから、もしかしたら外に出るための言い訳なのかも知れない。よく分かんない。
 ただ、帰った後は大量の事務処理だろうなって、それくらいは予想ができた。
「……さあ、帰るか……」
 営業回りが終わり、オフィスに帰る段になると途端にテンションの低くなる阿部さん。爽やかな笑顔溢れるやり手の営業マンの皮を脱ぎ捨て、死神な正体が現れる。
 オフィスに戻る道中、運転席でむっつりと黙り込むのやめて欲しい。怖い。おっかない。話しかけられない。死神に立ち向かう程勇者になれない。
 デスクにドカッと座りつつ、地獄の底から響くような低音で「はあー」ってため息つくのもやめて欲しい。ため息つきつつも両手をダカダカとキーボードに打ち付けて、阿部さんが書類仕事を進めだす。

「おい、これ。課長に持ってって」
 画面から目を離さずに、阿部さんがオレに書類を差し出す。受け取ると「こっちは経理な」って、別の書類も渡された。
 昼休み、オレを「勇者三橋」って呼んでくれた機嫌のよさも今はない。もう定時なんだけど、仕事が終わる気配もない。ちろっと向けられる目はクマがくっきりでヤバイ。
「ひっ、ひゃいっ」
 ビビりつつ返事してさかさかと課長の元に走り、「課っ、長、これっ」ってドモりまくりながら書類を渡した。
 気のせいか課長も、阿部さんの死神っぷりにビビってるみたい?
「うん、三橋君、時間だから上がっていいよ」
 阿部さんの様子をうかがいながら、小声でこそこそ告げられる。
「じゃっ、経理、に」
「うんうん、それもやっとくから」
 そう言って、経理宛の書類も引き受けてくれる課長は、神様みたいにイイ人、だ。

 オレもまだ研修中だし、残業厳禁だし、上司は課長だし、社畜じゃないし、上がっていいって言葉には素直に従いたい。この後、田島君とも約束ある、し。
「じゃっ、あの、お、先に失礼、します」
 ぺこりと頭を下げると、課長はまた「うんうん」とうなずいて、タイムカードを押させてくれた。
 阿部さんにも一応、勇気を振り絞って「じっ、時間なの、で」って頭を下げる。
 阿部さんからは地獄の底から響くみたいな低音で「あー」って唸り声が聞こえて来たけど、それが返事かどうなのかは、確かめる勇気が持てなかった。「あー」なのか「おー」なのかも分かんなかった。
 ほんの数十分前までご機嫌だったのに、どよんと暗い顔でダカダカとキーボードを叩いてる阿部さん、マジ怖い。
 でも仕事ができて頼りになるのは確かで。尊敬はできるけど、真似はできないなぁと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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