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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・3 (虫注意)
 阿部さんの外回りが多いから、付いてくの大変じゃないかってたまに訊かれる。
 周りの先輩方もそうだけど、特に課長も、阿部さんを教育係に指名したからって理由で気になるみたい。新人教育に向いてるのかな、って。
 確かに他の先輩らに比べると阿部さんの受け持ちは多いし、1度に回る件数も多い。行った先々で雑用頼まれることもあるし、そしたらオレも手伝わなきゃってなるし、楽ではないの、かも。
 けど、今のところ定時で帰れてるし、助手席に座ってるだけだし、それ程しんどいって訳じゃない。
 むしろ大変だと思うのは、外回りよりもデスクワークだ。
 重要な書類が任される訳じゃないんだけど、とにかく数が多いから、書類作成も大変だしチェックも大変。慣れないパソコンだから変換ミスも多くて、その上タッチミスも多い。
 阿部さんみたいに手元も見ないでダカダカ打てたらいいんだけど、オレはどうしてもそんな風にはなれなくて、「遅いなぁ」って注意されてばっかりだ。
 注意まではいかなくても、ちっ、と舌打ちされるだけで震え上がるくらいビビってしまう。
 フィールドセールスの時とは違ってデスクワーク中の阿部さんはまさに死神で、機嫌の悪さもおっかなさも、死神級だって言ってもよかった。

「おい、さっきのやつできたか?」
 地獄から響くような低い声で尋ねられ、今日も「ひぃっ」と震え上がる。
「も、も、もうちょっと、です。ま、ま、間もなく」
 指先を必死に動かしつつ、阿部さんにあわあわと答える。
 もうちょっとに見えるけど遠い。もうちょっとに見えてからが多い。書類と手元と画面とにきょどきょど視線を走らせながら、阿部さんの溜息と舌打ちに怯える。
「定時に間に合うのか?」
 って、横からおっかない声で訊かないで欲しい。
 住んでるマンションは会社の近くだし、ちょっとくらい定時過ぎてもオレはいいけど、研修中だからそういう訳にもいかないとかで、逆に精神的な負担が大きい。
 もしかしてオレ、インサイドセールス向いてない?
 いや、内勤の営業が事務仕事ばっかじゃないとは思うけど、「遅い」「トロい」って言われると、ただでさえ少なめな自信も消えてなくなりそうだった。

 「おい」って呼ばれるのも苦手かも。
 そういえば、阿部さんから「三橋」って名前で呼ばれたの初日だけなんだけど、オレの名前、覚えてくれてるのかな? 自信がない。
 かといって、「グズ」とか「ノロマ」とか「ビビリ」とかあだ名で呼ばれるのも、それはそれでイヤだった。
 田島君にそうぼやいたら、「じゃあ、格好いいあだ名考えようぜ」って言われた。
「死神に対抗して、天使とかどーよ」
 うしし、と笑いながらだから冗談だって分かるけど、さすがに天使はどうかと思う。オレ、そんなにキラキラじゃないし、助けにもなってないし。むしろ、お邪魔虫とかの方が似合いかも。
 一方の田島君はっていうと、普通に「田島」って呼ばれてるみたいだ。
 あだ名も二つ名もいらないから、オレも普通に「三橋」って呼ばれたい。せめて、「おい」って呼ばれるのは卒業したいなぁと思った。

 そんなささやかな願いがかなったのは、オフィスにあるコピー機の故障がきっかけだった。
 最新のコピー機は多機能な分、故障すると面倒で、素人が勝手に触るのはよくないんだって。だからすぐに修理業者さんを頼んだらしいんだけど、修理が終わるまでの間が困る。
 そこで、古いコピー機を倉庫から出してくることになった。勿論、倉庫まで取りに行くのは新人のオレの仕事だ。女子の先輩に連れられて、倉庫の場所を教えられる。営業部共通だっていう倉庫は結構広くて、古い機材や物品がぎっしり詰まってた。
「替えの電球なんかもここにあるから」
 そんな説明を受けながら、「は、い」とうなずいて倉庫内をキョロキョロ見回す。
 不透明なビニールのカバーを掛けられた古いコピー機はすぐに奥から見つかった。
「さあ、押して押して」
 先輩に言われるまま、うんしょうんしょとコピー機を押して倉庫の外に運び出す。コピー機には一応、小さな車輪がついてたけど、動き出すまでがかなり重い。角を曲がらせるのも重い。ついでに言うとホコリまみれ。
 男子の新人なオレに、任されるハズだなぁと思った。

 ようやくオフィスについてから、カバーを外して電源コードを引っ張り出し、コンセントに繋ぐ。
「さあ、動くかな」
「うえっ、う、動かなかったら?」
 オレの質問に、「もっかい倉庫行きよ」と笑う先輩。そんな会話を交わしつつ、先輩がコピー機の上部を開けて――。

「ぎゃあああああっ」
 と、盛大な悲鳴を上げた。

 オレもビビった。けど、それより先輩の悲鳴の方にもっとビビった。
 ぎゃあぎゃあぎゃあと喚いて走って逃げる先輩。なんだなんだと他の先輩たちが覗きに来て、「うわっ」「ぎゃあっ」と悲鳴が上がる。
 みんなの視線の先にあるのは、さっき開かれたコピー機のガラス板。そこには10匹前後の黒い虫の死骸と、無数の糞が散らばってた。
 ゴキブリって、ダメな人はホントダメらしいから、逃げた先輩の気持ちも分かる。
 そういえば、うちのお父さんも昔、1匹見つけてはぎゃあぎゃあ騒いでたっけ。お母さんは逆に「放っとけば」って気にしない派で、こういうのホント人それぞれだなぁと思う。
「あ、の、ゴミ箱でいい、です、か?」
 すぐ近くに覗きに来てた課長に訊くと、別の人から「ダメダメダメダメ」と黒いゴミ袋を渡された。
「ぎゃあ、動いてるのいる!」
「1匹逃げた!」
 悲鳴を上げる人、逃げ回る人、悲鳴を上げないまでも立ち上がり、逃げた1匹を探す人。営業3課の部屋の中は一気に大パニックで、オレもキョドキョドうろたえる。

 そんな時、すぐ側のコピー機の胴体をささっと走る影があったから、手に持ってたビニール袋越しにベシンとやった。
 オレ、何かと鈍臭い自覚はあるけど、反射神経には自信がある。
 一か八かもない、ホントに反射的に手が動いただけだったけど、ぐしゃっていう手ごたえとともに黒い虫は見事につぶれて――。

 その瞬間から、阿部さんからもみんなからも「勇者」って呼ばれることになった。

(続く)

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