Season企画小説
チョコなオブジェクト・前編 (2012・バレンタイン・R15)
――今すぐ部室に来れませんか?――
そんなメールで学校まで呼び出されたのは、2月12日、日曜日の夕方だった。
呼び出したのは、恋人の三橋だ。
「明日学校で会えるのに、どうしたんだよ? 急用か?」
気になって電話したけど、何か言いにくい用事なんか、どうも要領を得ねぇ。
「分かった、これから行ってやっから。暖かくして来いよ?」
そう言ってやると、三橋はいつもよりドモリながら、『わ、わ、分かった、あ、あ、ありが、とう』と言った。
勿論オレも、手袋にマフラーと、防寒対策バッチリだ。
天気予報で、夜から雪だって言ってたし。雪は、降ってからより、降る直前の方が寒ぃような気がするしな。
チャリすっ飛ばして急いで来たけど、三橋はまだ来てねぇようだった。自転車置き場に、自転車がねぇ。
でも、あいつを待たせるよりは、待った方がはるかにマシだ。
――先に部室行ってるぞ――
そんなメールを三橋に送って、足早にプールの方に向かう。運動部の部室の殆どが、このプール下にずらっと並んでっからだ。
全く、一体誰がこんなプール下なんかを、クラブハウス代わりになんて思いついたのか。夏は湿気がヒデーし、冬は底冷えがハンパねぇ。
ただそれでも、風が防げるだけ、外にいるよりはマシだった。
ナンバー式の鍵を871に合わせ、野球部の部室に入る。室温は外気温と全く一緒で、靴を脱いだ瞬間、ぶるぶると震えた。
「寒ぃ」
部費で中古の電気ストーブでも買った方がよくねーか? 今度花井を説得してみっか?
まんざらでもなく、そんな事を考えてたら、やっと三橋が到着した。
カチャッと戸が開いて、寒風とともに三橋が部室に入って来る。
「あ、阿部君っ!」
靴を脱ぎ散らかしながら、三橋がオレに抱き付いて来た。
「おいおい、何だ……」
と、尋ねる間もなく、いきなりキスを仕掛ける三橋。
オレの首根っこにギューギュー抱き付いて、貪るように、ぴちゃぴちゃと唇を舐めて来る。
「んふ、ん、ふっ」
無意識にエロい声出してっけど、何こいつ、興奮してんの?
応じるように薄く口を開けてやったら、待ってましたと言わんばかりに、長い舌をねじ込んで来た。
「んんっふ、ふあ、あべく、阿部君ん」
こいつがこんな積極的に舌を絡めて来るなんて、何があったんだ。発情期か?
「こら三橋、ちょ、待てって」
三橋の興奮に当てられて、オレの方もちょいヤベーコトになってきた。
そりゃ最近ご無沙汰だったけど、いくら欲しがられたってこんな、イキナリなし崩しみてーのはイヤだ。
でも……。
「あ、阿部君、阿部君、お願い」
三橋がオレに抱きついたまま、ぐいぐい体重を乗せて来るから、ついにオレは耐え切れねーで、ドサッと畳に尻餅をついた。
「痛ぇ、コラ、三橋!」
薄茶色のふわふわ頭をポカッと殴って怒ってやるが、三橋はまるで怯まねーで、むふーむふーと鼻息荒く、オレのベルトを外してる。
「ちょっと、コラ、待てって」
待てと言ってるのに待たねーで、三橋はオレの股間をくつろげ、勃ちかけのモノを取り出した。
それから、愛おしそうに頬ずりしたり、ニオイを嗅いだり遊んだ後、ぱくっと口に深く入れた。
「くっ、三橋……っ」
いきなりぢゅうぢゅうと吸われ、行き過ぎた快感に絶句する。
「な、何があったんだよ、いきなり過ぎんだろ?」
上下に動き出した頭を、無理矢理押さえつけて耐えながら訊くと、三橋は首を振って嫌がりながら、「らって、らって」と言った。
「だって、じゃねーだろ! つか、いっぺん口放せ。喋るかしゃぶるか、どっちかにしろ!」
後でまた遊ばせてやるから、と約束して、オレは何とか三橋の口撃から身を守った。訳も分からねーまま、会って数分で、危うく搾り取られるとこだった。
三橋は名残惜しげに口元をぬぐいながら、興奮の鎮まらねぇ手で、ダッフルコートのポケットから銀色の何かを取り出した。
アルミホイルに包まれた物体は、大小2つ。
「る、る、瑠里が、今、来て、て。ち、チョコ作ろう、って……」
そう言いながら、三橋が小さい方の包みを開けた。
中から出て来たのは、ほぼ円筒形のチョコだった。直径4センチくらい? で、長さは10センチかそこら。手作りなのか、チョコペンやマーブルチョコなんかでカラフルに飾り付けられてる。
よく見たら、均等に4つくらい切れ目が入れてあって、デケーけど、そう食いにくそうでもなさそうだ。
けど……この少女趣味は、どう見ても三橋作じゃねーだろ。
「あー、バレンタインか。明後日だもんな。で、チョコが何?」
三橋の、要領を得ない説明を要約すると、つまりこういうことだった。
昨日から、三橋の家に泊まりに来てたイトコの女が、三橋を巻き込んで、チョコを作ってたらしい。
この円筒形のチョコは、トイレットペーパー(!)の芯にクッキングシートを詰め、そこに流し込んで作るんだそうで、言われてみりゃ確かに、見覚えのある大きさだ。
三橋も真似して、オレ宛てのチョコを作ってくれようとしたんだが、もっと大きい方がいいだろうと思って……たまたまあった、キッチンペーパーの芯を使ったらしい。
チョコが完全に固まるまで、冷蔵庫で冷やし固めて……取り出したのが、ついさっきで。
シンプルに、ココアパウダーをまぶすだけにするつもりが、これじゃ食いにくそうだと思いつき、小さいのと同じように、切れ目を入れようとしたんだそうだ。
「そ、それがこれ、なんだ、けど」
三橋がまた、なんでか鼻息荒くなった。
チョコに催淫作用なんかあったかな? いぶかしく思いながら、でかい方の包みを開けて――。
「うっ」
さすがに言葉もなかった。
さっきのトイレットペーパー・ゴテゴテチョコより、一回り大きくて長い、円筒形。縦置きで固めなかったからだろう、片方の先端が斜めになっていて……そこを切ろうとでもしたのか、切れ込みが入って、くびれのようになっている。
男のシンボルだ、と、一度思ってしまうともう、それ以外には見えねぇ形だった。
「てめえ……バカか?」
とんだ卑猥なチョコ作りやがって。こんなの、今没収しとかねーと、学校でうっかり田島なんかに見付かって騒がれたら、野球部の大恥だ。
そう思って取り上げようとして……ギョッとする。
なんで三橋が、ここまで興奮すんのか、ナマで掴んでようやく分かった。
「こ、れ……」
絶句したオレを見て、三橋が赤い顔でふへっと笑った。
「わ、分かった?」
分かったも何も、これ、何だよ偶然か? キメェ! 太さも長さも、ほとんど一緒じゃねーか!
オレのと!!
「だ、だから、オレ、本物欲しくなっちゃって。あ、阿部君っ!」
三橋が、ひと声叫んで飛びかかって来た。
「うわっ」
オレはまた畳に押し倒され、その冷たさに身震いした。
(続く)
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